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100年先を想う“数馬酒造”の「酒蔵の領域を超えた」使命

数馬酒造株式会社

更新日:2025年9月2日

酒蔵の再建と酒づくりの現状

数馬嘉一郎:数馬酒造の代表取締役、数馬嘉一郎(かずま・かいちろう)です。現在、酒蔵6棟のうち被害が大きかった4棟を解体し、建て直しています。酒づくりを継続しながらの工事になり、完成までは約2年を予定しています。 数馬しほり:数馬酒造の販売課責任者、広報の数馬しほり(かずま・しほり)です。つくるお酒の量は、震災前とほぼ同じぐらいを維持しています。量は同じで、ラインナップを6割弱ほどに絞っている状況です。  ありがたいことに、震災後、応援購入などで非常に多くのご注文をいただき、お客様への供給も守るため、今は一升瓶や720mlといったレギュラーサイズを優先してつくっています。  お酒を購入してくださるお客様からは、手紙や電話、ファックスなど本当にたくさんの励ましの声をいただき、こんなにも私たちのお酒を待ってくれている人がいるのだと体感しました。感謝しています。

代表取締役 数馬嘉一郎さん

委託醸造がターニングポイントに

数馬しほり:地震で、断水と酒蔵の損傷があり、3か月ほど醸造が止まってしまいました。そのため、原料になる能登産のお米を自社だけではすべてお酒にすることはできなくなりました。  大切なお米をすべてお酒にするために、以前から交流のあった県外の酒蔵さんに能登のお米を渡して、お酒をつくっていただく決断をしたんです。    実は、当初はできあがったお酒を数馬酒造の銘柄「竹葉(ちくは)」として出していいのか、葛藤がありました。  その時に、心の支えになったのが、数馬酒造の経営理念「能登を醸(かも)す」でした。「能登を醸す」とは、能登の資源、人、文化を最大限に引き出し、地域に貢献するという意味です。  能登の米を醸造していただけることに感謝して、私たちは私たちのできる復興に向けて全力で取り組んでいこう、それが本当の意味で「能登を醸す」ことになるのではないかと考えました。  委託醸造をポジティブに捉えて腹落ちさせることができたのが、私たちのターニングポイントになったと思います。

販売課責任者・広報の数馬しほりさん

酒造の領域を超えた挑戦で、能登の魅力を高める

数馬嘉一郎:震災後、会社のミッション(使命)を変えたんです。「醸しものづくりで能登の魅力を高める」から「酒蔵の領域を超えて能登の魅力を高める」へと変更しました。    酒づくりだけではなく、能登を良くするにはもう少し領域を広げようと思ったからです。能登の地域としての機能が、人口減少などで失われている現状があります。震災によってその課題は大きくなりつつあります。その課題にタッチしていける会社でないといけないのでは、と考えました。  たとえば、次世代の人材に対して役に立つために高校生向けに何かできないか考えたり、人の流れを新しく生み出すためのツアーの企画や能登を訪れた人が滞在できるようなスペース作りなどを考えています。

梅酒やリキュールもあります。美味しそうです

季節限定酒「竹葉 特別純米 ひやおろし」数馬酒造Facebookより

全国の地方の模範になっていく能登を見てほしい

数馬嘉一郎:数馬酒造は創業の明治2(1869)年から156年のときが経ちました。僕は自分の世代でどうこうするよりも次の世代、また次の世代、100年先、150年先に、会社や地域はどういう状態であれば良いのかという視点でいます。  うちは能登のお米100%でお酒づくりをしています。能登の自然がいい状態で残っていて、いいお米ができないと、いいお酒づくりができません。  そのための環境づくり、もしくはその環境をつくる人がいなければ成り立ちません。美味しいお酒をつくるだけではなく、美味しいお酒をつくり続けられる地域をつくるためには、私たちの力だけではできません。皆で協力して取り組んでいきたいです。その取り組みをする能登が、きっと全国の地方の模範になっていくと思います。 数馬しほり:若い人が、能登には「何もないから」と離れてしまうのは、もったいないと感じます。そのようにならないような魅力的な町にしていかなければ、という課題はありますね。  能登の魅力といえば、魚や山菜など旬の巡りが2週間ごとに変わるんです。その豊かさのある環境に身をおいていると、人間味あふれる感性が育つように思います。私は東京で10数年働いてUターンしてきたのですが、能登には子ども心を忘れない純粋な方が多いと思います。肩書きや役割にとらわれず生きる、精神性があるんです。それは能登のお祭りの存在も大きいのかなと感じます。    観光に来てくださる場合は、能登の暮らしに少しでも触れてほしいと思います。たとえば、能登では、この魚は友達の漁師さんがとった魚、どこどこの農家さんが作ったお米など、食卓にのぼる材料にすべて顔が見えるんです。とても鮮度がいい食材が食卓に上がる幸せ、それを感じてもらえると嬉しいです。

数馬酒造グッズもたくさんあり、どれも可愛いです

事業者プロフィール

数馬酒造株式会社

代表者:数馬嘉一郎 所在地:石川県鳳珠郡能登町宇出津ヘ-36

取材後記

 1年後には、10年後にはどのようになっているか、想像しますか? と数馬社長に尋ねました。目標をお聞きして、そこに向かっての取り組みを聞きたいと思ったからです。  答えは「1年後10年後……というより、100年後、150年後を見据えているんです」。その答えを聞いて、私は、ハッとしました。  次世代、次々世代に渡すためを考えて、長いスパンで未来を見ていると。数馬社長は目標から逆算して計画を進めるというよりも、100年後を想いながらも「僕らが今できることをまずやっていく」と教えてくださいました。  インタビューの最後に、「小学生の自分に今の自分が声をかけるなら何と言いますか?」と数馬社長に聞きました。  そうすると「好きにやれ」と即答でした。これまでの人生であの時こうすれば良かったという後悔が一つもないため、「思うようにやれ」と伝えたいと思ったそうです。  広報のしほりさんにも同じ質問をすると、「小学生のころはいろんなことをしていたけれど、すべてのことがつながっているからねと伝えたいです」と教えてくれました。お二人のお話にジーンとしました。  帰りにお店でしほりさんおすすめの「竹葉 能登純米」を購入して岡山に持ち帰りました。まだ大事にとっていて、友人と会ったときに一緒に味わい、「能登に素敵な酒蔵さんがあってね」と話をしたいと思っています。

東岡英里子(ひがしおか・えりこ)

 岡山県倉敷市在住です。偶然に「シロシル能登」を目にして、能登に行ってみたいと思い、プロボノライターに応募しました。 https://x.com/higashisan0055

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