能登の豊かな天然食材を自ら山や川に分け入って調達し、ミシュラン1つ星の洗練された一皿へと昇華させてきた“日本料理 富成”。宿泊施設付きレストラン・オーベルジュとしてリスタートさせるための工事中に、令和6年能登半島地震に見舞われた。柱と屋根だけが残った建物を前に、代表の冨成寿(とみなり・としあき)さんは大きな決断を迫られる。自然環境の激変による食材調達の不安と経済的リスク、そして家族の生活。1年近く悩み抜いた末に再開を決意したものの、跳ね上がった建築費により新ブランドのロゴデザインやWebサイト構築の予算が完全に消失するという危機に直面する。そんな冨成さんの窮地を救ったのが、プロボノデザイナーだ。実務的な支援はもちろん、冨成さんの心を支え、伴走してくれた。プロボノとの理想的な関係性と、冨成さんが見据える能登の未来とは?
[取材・構成 米谷美恵]
取材:2025年12月19日
「能登で生きる」と決めた私に、新たに立ちはだかった壁
令和6年能登半島地震は、店舗が半壊しただけではなく、「能登の自然環境」を破壊しました。また、地震に続いて豪雨のダメージもあり、私が毎日のように自らアユやカジカ、モクズガニを獲っていた地元の川からはすっかり生き物の姿が消えてしまいました。食材調達は目処が立たず、経済的リスクは増すばかりです。なにより、幼い子どもたちの教育環境を考えて、一度は妻の実家がある大阪に避難しました。その間も、「能登に戻って再びのれんを掲げていいのか」と悩み抜きました。
ようやく「能登で生きる」と腹をくくり、家族で地元に戻る目処がたったのは2025年初夏。ようやくリニューアル工事の再開へとこぎつけました。しかしそこに待ち受けていたのは「建築資材の高騰と職人不足」という厳しい現実でした。建築費は当初の予定から約800万円も跳ね上がったために、クラウドファンディングで全国の皆様からいただいた1,000万円以上の大切な資金は、「建物の基礎や柱」の補填へと消えていかざるを得なくなったのです。
本来、リニューアルオープンに合わせて制作予定だったお店の新しいロゴデザインやパンフレット、そしてWebサイト構築のための予算は一瞬にして消えてしまいました。途方に暮れるなか、プロボノという都市部の専門家を無償で派遣してもらえる枠組みを知りました。最初は「ロゴだけでも作ってもらえれば御の字だ」という、半ば藁にもすがるような思いからのスタートでした。
ロゴデザインからWebサイト構築へ。専門知識のギャップを埋める圧倒的な実務力
プロボノのマッチング募集に対して、4名のプロフェッショナルが応募してくれました。それぞれのかたと、画面越しに5分、10分とお話ししました。最終的にお願いした西植弘(にしうえ・ひろむ)さんからにじみ出る人柄とこちらの話をじっくりと聞いてくれるその姿勢は画面越しにも伝わってきて、「この人となら、これからの苦しい再起の道のりも共に歩んでいける」と確信しました。
実際にプロジェクトが始まると、西上さんのサポートは当初の「ロゴデザイン」という枠組み以上のものでした。私たちは震災前から、農協などの既存ルートに乗らない能登の希少な天然食材(高級飲食店向けのモクズガニや、特製のすっぽんスープなど)を全国へ届けるEC卸売りブランド「の、と。」の構想を進めていました。私はITやデザインに関してはまったく素人なので、Webサイト制作会社とのやり取りが専門的すぎて上手くいかず、停滞していました。 西植さんはその間に立ち、専門的な知識とのギャップを通訳するように埋めながら、業者との交渉をスムーズに前へと進めてくれたのです。「の、と。」の美しいパンフレットの作成だけではなく、最終的には遅れに遅れていた「日本料理 富成」本店の公式Webサイト制作まで一手に引き受けてくれました。プロとしての圧倒的な実務スピードとクオリティで、遅れを取り戻していきました。
実務だけではなく、不安ごと抱えて伴走してくれた

今回のプロボノとの協働を通じて、私が最も救われ、感謝していること。それはデザインなどの素晴らしい成果物以上に、西植さんが私の「精神的な支え」になってくれたことでした。 震災直後は、地域や自衛隊の炊き出し部隊へのレシピ指導・プロデュースなど、寝る間も惜しんで動き回っていました。しかし、そうした緊急の活動が落ち着き、いざ自分の店の再建という現実と向き合い始めたころから、精神的に落ち込むことが増えていきました。
工事の対応でも取材でも、普通に対応することができるのですが、夜になってひとりになると、携帯の画面を見る気にすらなれない。メールの返信もできず、SNSの告知文章もどうしても書けない。プレオープンが近づくあせりのなかで、心も身体もどうしても動かない。そんな日が続きました。
そんなとき、西植さんに「今、ちょっと精神的に落ちてしまっていて、連絡が遅れました」と、恥を忍んでありのままに心の状態を伝えました。西植さんはそれを責めることなく、「じゃあ、ちょっと喋りましょうか」と言って、夜遅い時間にもかかわらず、電話でただ私の話を聞いてくれたんです。
実務の進捗を管理するだけの関係だったら、私はプレッシャーに押しつぶされていたかもしれません。でも西植さんは、同じ目線で、私の不安ももろさも丸ごと抱えながら一緒に走ってくれました。そんな「伴走者」が隣にいてくれたからこそ、私は再び前を向くことができました。彼と出会っていなければ、今頃お店の再建自体が立ち行かなくなっていたかもしれません。
「明確なビジョン」をもつことでプロボノは最高のパートナーに
能登の他の事業者や、これからプロボノを活用しようと考えている方々に強く伝えたいのは、プロボノに頼る前に「自分自身が何をやりたいのかという、明確なビジョン(未来図)」をもっておくべきだということです。 プロボノで来てくれる方々は、信じられないほど高いスキルをもった一流の社会人です。もし普通に仕事を依頼すれば、到底払いきれないほどの高額な費用を請求されても仕方ない方々が、能登のためにと力を貸してくれるんです。
事業者側であるわれわれが「人が足りないから手伝ってほしい」「何をすれば良いか、わからないからアイデアをちょうだい」という姿勢では、どんなに高い能力をもっているプロボノでも力を発揮できません。まさに宝の持ち腐れになってしまいます。
「能登のこの食材を使って、こういう価値を全国へ届けたい」「こういうお店を作って地域を元気にしたい」というブレない軸にプロボノ側が共感してくれていれば、こちらの想像を遥かに超える提案や、自発的なサポートをしてくれるようになります。
ビジョンを共有したとき、プロボノは単なるボランティアから「最高のビジネスパートナー」へと変わるのです。
美しい里山里海の循環を取り戻す

震災をきっかけにした人口流出は止めようがありません。5年、10年が経てば、この地域にはお年寄りしか残らず、人口は今の半分以下になるかもしれません。観光も何もない、ただの寂れた田舎になるという厳しい未来が、すぐ目の前に見えています。
だからこそ今、ミシュランの星を背負う料理人として、この能登の自然の圧倒的な素晴らしさを、一皿の料理を通じて世界へ発信し続けていきたいのです。
たとえば山菜。定期的に私たち人間が山に入って自動車が通れるように林道を整備し、下草を刈り取ってあげなければ、やがて山は深い藪となり、地表に光が届かなくなってワラビなどは育たなくなり、やがて全滅してしまいます。
川も同じです。「町野川再生プロジェクト」を立ち上げて活動するなか、大学の研究者と連携しながらヤツメウナギの人工授精・放流を行うなど、メディアを巻き込んだ発信を続けています。なぜなら、「能登の川にはこれだけ豊かな自然がある」と広く知ってもらうことこそが、行政を動かし、環境を守るための最大の復興戦略になると考えているからです。
私たちが地域の人たちから、天然食材を適正な価格で買い取り高級飲食店に卸す仕組みを整えれば、高齢化する地域の生産者や、これから山や川に関わろうとする若い世代に利益を還元できます。人が山や川に入れば、能登の豊かな自然環境が維持される。そんな美しい「里山里海の循環」を、もう一度私たちの手で復活させたいのです。
そして、 新しく生まれ変わる“日本料理 富成”は、完全プライベートなオーベルジュです。遠方から飛行機を乗り継いでわざわざ足を運んでくださるお客様、食材を届けてくれる地域の生産者、そして共に汗を流してくれる従業員。この店に関わるすべての人が笑顔になり、幸せになれる空間を、私はこの能登の地で守り抜いていきたいと思います。
※2026年8月現在、工事の関係上、オーベルジュオープンは未オープンです。オープン時にはこちらでご連絡させていただきます。
取材後記
プロボノというと、「専門家が無償で手伝ってくれる制度」というイメージをもつかたが多いかもしれません。しかし、冨成さんのお話からは、本当に価値があったのは成果物ではなく、「同じ方向を向いて走ってくれる人」がいつもそばにいたことだったのだと感じました。
一方で印象的だったのは、「プロボノと仕事をするときには、事業者自身が明確なビジョンをもつことが大切」という言葉でした。受け身ではなく、自分はどこへ向かいたいのかを示す。その軸があるからこそ、プロボノも力を発揮できる。でも、これはプロボノに限ったことではない。人と協働するときの本質かもしれません。
そして最後に語ってくださった里山里海の循環の話は、料理人の仕事を超えた、能登への大きな使命でした。一皿の料理から始まる地域の未来づくり。その挑戦の向かう先が何よりも楽しみです。
オープンのあかつきには、冨也さんの追いかける理想の形、オーベルジュにお邪魔して、能登の自然のなか、能登の里山里海の恵みを堪能したいと思います。




