令和6年能登半島震災から2年。ボランティアが駆けつけた「緊急支援」のフェーズは落ち着きを見せ、いま能登は「20年後、30年後の未来をどう作るか」という中長期的な地域再生のフェーズへと移り変わりつつある。
珠洲市を拠点に、ボランティアなどの関係人口を呼び込むためのコミュニティ拠点作りなどに奔走する竹下あづささん。個人事業である「さだまるビレッジ」の枠組みを越え、新体制として“一般社団法人NOTOにじのひかり”を設立した。
外部の専門ボランティア「プロボノ」を本格的に導入し、新たなクラウドファンディングに挑戦するなど、「能登の未来を作る」ために奔走する竹下さんに話を聞いた。
[取材・構成 米谷美恵]
取材日:2025年12月18日/ 2026年8月21日 /10月12日
人が集まれる場所をスピーディーに形にする
全国で年間何十回と能登のお話会を開いていて、その際に能登の物産展や物販も行っています。「能登を応援したい」という方々の温かい気持ちに支えられています。
震災後、珠洲は耕作放棄地が増えました。また、いずれ地元の人たちがお米を作れなくなるということを見越して、若い人たちのなかで米を作ろうという動きがあります。また珠洲市は、2025年4月に「オーガニックビレッジ宣言」をして行政主体で有機稲作に取り組んでいます。
▶シロシル能登 “珠洲オーガニックビレッジ”と“NAIA”が描く未来の能登──珠洲からはじまる、新しいオーガニックのかたち
私たちも、年に何度か有機稲作の講習に参加して、有機稲作について勉強しているんです。もし、トラクターがなくても耕運機だけでできる小規模な稲作を習得できれば、たとえば、移住者や、東京と2拠点生活をするような人が米作りに関わることができるモデルを作れると思っています。ちょうど今その実験を始めたところです。
個人で耕作放棄地を借りて農業をやりたい人はけっこういるので、機械を貸し出せるように準備をしています。農業はやらなければいけないことも多いので、一人でするにはハードルが高いけれど、何人かが集まってグループでやればいいのかなと、来年に実現できればいいなと思っています。
“一般社団法人NOTOにじのひかり”が団体としてあり、その一つの拠点・活動範囲として、夫婦で運営する「さだまるビレッジ」があります。個人事業の範囲を超える宿泊事業などは“NOTOにじのひかり”として行っています。公的な団体としての活動と個人事業を使い分けているんです。
▶シロシル能登 移住者の視点で能登の内と外をつなぐ。“さだまるビレッジ”が目指すもの
“NOTOにじのひかり”が掲げるコンセプトは、「能登の未来を作る」です。ただの「被災地支援」として、外部のかたに熱心に通ってもらう時期は終わりつつあります。これからは能登の20年後、30年後を見据えて、本当の意味での関係人口の構築や、次の世代を担う子どもたちのサポートなど、一歩進んだ前向きな活動へ移行していきたいですね。
“NOTOにじのひかり”は、震災後に拠点の民家を購入し、ボランティアのかただけではなく、「実家に帰省したいけれど、家族がまだ仮設住宅にいるから泊まる場所がない」という若い世代のかたにも使っていただいてきました。特に夏休み中は利用が多く、長い方は3泊、4泊と滞在していました。
将来的には、宿泊業も収益化していきたいと考えていますが、そのためには改修などが必須です。最近、ボランティアではなく、能登の魅力に惹かれて関わってくれる人が増えているので、そのための滞在先やコミュニティ拠点をつくるべく、クラウドファンディングにも挑戦しました。
さだまるビレッジの周辺には基本、商店も飲食店もありません。地域住民の方からは「直売所を作ってほしい」「朝にモーニングが食べられるカフェがほしい」といった具体的な要望やアイデアがたくさん出ています。
2026年11月ごろには、まず人が集まれるように、屋根のあるスペースを大工さんやみんなと一緒につくる予定です。2027年春には、本格的にオープンできる拠点を整備したいと考えています。
今後建てる予定の小屋には、さだまるビレッジの森で自分たちが伐採・製材した木材を使いたいと思っています。森を育て、木を切り、製材して建てるという循環型の取り組みです。目指すのは、若い世代が、セルフビルドで小屋を建てて暮らすような、持続可能なライフスタイルや循環型の暮らしを体験できるフィールドです。
「能登の未来を作る」をコンセプトに掲げて

誰もが帰りたくなる「2番目の場所」
ボランティアのフェーズから関係人口のフェーズへと移るなか、「ボランティアだから行く」というよりも「能登そのものの魅力」に惹かれてやってくる若い世代が増えていると感じています。最近の若い子たちの間では、能登の魅力にどっぷりハマることを「能登に沼る」なんて表現するらしいですよ。
私はこの2年間、全国で講演する活動に力を入れてきて、延べ2,000人以上に能登の現状を語ってきました。そうして興味を持ってくれた人たちの「受け皿」となる場所が今、どうしても必要だからこそ、拠点の整備を急ぎ、クラウドファンディングにも挑戦しました。タイトルは、「震災から2年。能登のさいはてに、みんなが帰りたくなる第2の故郷を創りたい!」です。
私たちは「一番(ホーム)じゃなくていい、皆さんにとっての『2番目の大切な場所』になりたい」というスタンスなんです。すでに何度も通ってくれている人たちは、「ただいま!」と言ってくれます。そうした関係が自然に広がっていけば、「関係人口」なんて硬い言葉を使わなくても、「実家」に帰省するような温かい循環が生まれると信じています。
これまで私たちのボランティアハウスには延べ1,500人ほどが訪れましたが、みんな能登の自然だけではなく、そこに集まる老若男女、大工さん、そして私たち夫婦など「面白い人たち」に会いたくてリピートしてくれているんです。たとえば、何度も足を運んでくれた四国など南海トラフ地震に関する意識が高い地域の方々は、能登で今起きているさまざまな課題を「日本の未来の課題」として自分ごと化して捉え、本当に熱心に繋がろうとしてくれています。
「NOTOにじのひかりフェス2026」を開催しました

「NOTOにじのひかりフェス」とは、2025年から10月の三連休に震災後地域拠点として開拓をしている「さだまるの森」にて行われているイベント。能登の人と全国の人・被災者と支援者・出店者と出演者の垣根も越えて、みんなが集うお祭りです。
2026年もたくさんのかたに参加していただき、楽しい時間を過ごしました。仮設住宅の方々も送迎、参加していただき、日常を離れ非日常を味わう時間をつくっていただきました。
「さだまるの森」の開拓はまだまだ続いていきます。それに伴ってイベントの内容も変化していくはずです。
プロボノ活用のリアル(2025年12月時点)
今回の新たな挑戦にあたって、外部の専門ボランティアである「プロボノ」の活用を本格的に進めてきました。2025年12月時点では、コーディネーターの紹介などでマッチングした3人の方が、それぞれの専門性を活かして私たちに並走してくれていました。2026年10月現在は、私が多忙なためプロボノの活動は一時お休みしています。
「休眠預金」を活用した助成金の申請専門家
申請を検討していたタイミングで入ってもらい、非常に複雑な申請手続きを密に手伝っていただきました。結果としては残念ながら不採択だったのですが、自分たちだけでは絶対に不可能だった「最終審査の手前」まで残ることができました。そのプロセスとノウハウを経験できただけでも、本当にありがたい一歩でした。
行政特化型の補助金専門家
元東京都庁の職員で、東日本大震災をきっかけに独立された方なのですが、とにかくスキルが高くて多忙。現地に来る余裕はないので完全リモートで、私たちの活動に合う助成金を探してくれたり、資料作成をしてくれたりしています。
地方創生・長期コンサルタント
高知県在住。実際に1度、能登まで足を運んでくれました。本業はコンサルなのですが、「復興は長い道のりだから、長期的なお付き合いをしましょう」と最初から言ってくださっています。私のビジョンやアイデアの「壁打ち相手」として気軽に相談に乗ってもらっています。クラウドファンディングの設計やストーリーの組み立てについても、プロの視点から一緒に頭を悩ませてくれています。
このように、3者3様の専門性を活かしてくれています。マイナス面はまったくありません。目に見える数字としての大きな成果はこれからという段階ですが、それ以上に「この人たちがバックにいてくれる」という圧倒的な安心感があります。私ひとりではとうてい手が回らない、あるいは知識がない専門領域を調べて形にしてくれる。このサポートは、精神的にも実務的にも本当に大きなプラスとなっています。
ただ、マッチングの相性は完全に人によりますし、運の要素もあるとは思います。一方で、相手が優秀で素晴らしいプロであればあるほど、「こちらは一銭も払っていないのに、どこまで無償のプロボノとして甘えていいのだろうか」という責任と役割の境界線に悩む部分はあります。
リモートでのやり取りに不安があるかと言われれば、それはプロジェクトの性質によると思います。3人目のプロボノのように、一緒に地域創生やビジョンを考える役割なら、一度は現地を見てもらわないと話が進みません。でも、2人目のように「助成金の申請実務」に特化してもらうのであれば、私たちのプロジェクトの本質を画面越しにしっかり理解してくれていれば、完全リモートでも十分に成り立ちます。
プロボノをうまく使えないのはなぜ?
ほかの被災事業者、例えば地元の農家さんや小さなお店の方からは「プロボノを入れてもうまくいかなかった」「全然使いこなせなかった」という声をよく耳にします。そこには明確な理由が二つあると私は思っています。
一つは、「現場が求めている労働力」と「プロボノのスキル」のミスマッチです。人手が足りない被災事業者が今すぐ欲しいのは、「今日、目の前の荷物を運んでくれる手」「片付けをしてくれる労働力」なんですよね。でもプロボノがもっているのは「経営改善」や「仕組み化」という頭脳の専門スキル。現場からすれば「そんな小難しい打ち合わせをする暇があったら、今すぐこの作業を手伝ってくれ!」となってしまうんです。
もう一つは、「使う側の心の余裕」の問題です。プロボノに「人手が足りないなら、仕組みを作って人を集めましょうか」と提案されても、被災した現場は日々の生活や片付け、目先の営業再開で頭がいっぱいです。プロボノと定期的に打ち合わせをしたり、仕事を切り分けて「これをやってください」と振ったりするだけの「時間的・精神的な余裕」が、使う側に残っていないんですよ。
私も、3人のプロボノが一気に動き始めたとき、1人目の「休眠預金」の打ち合わせだけで手いっぱいになってしまいました。残りの2人をしばらく待たせてしまったという反省があります。さらに春先から理事の体制変更に取り組み、2026年8月まで運営に注力していたため、プロボノの活動に取り組む余裕がありませんでした。
お互いができる範囲でWin-Winの関係を築く
プロボノを活かすには、使う側に「私たちはこうしたい、こういう未来を作りたい」という明確なビジョンが不可欠です。「何をすればいいですか?」とプロボノに丸投げするのではなく、「私たちはこういうことをしたい。そのためにあなたの力を貸してほしい」と言って初めて、プロボノから具体的な提案を引き出せる。震災から2年以上が過ぎて、私自身もようやく一息ついて、彼らのプロフェッショナルな能力を使いこなせるだけの精神的な余裕が生まれてきたんだと感じています。
気持ちとしては、本当に素晴らしい働きをしてくれているので、ちゃんとお礼をしたいし、できれば有償で契約したいと思っています。ただ、現実問題として、現在の法人の資金繰りや、これからの寄付金減少の懸念などを考えると、継続的な雇用や顧問契約を結ぶのは極めてハードルが高いというのが本音です。
一方で「有償化しない方がいい面」もあるのではないかとも思っています。下手に契約を結んでお金が発生してしまうと、そこに「責任と義務」が生じますよね。そうなると、お互いにビジネスライクなプレッシャーがかかってしまう。それよりも「お互いができる範囲で、Win-Winで楽しく関わる」というプロボノの距離感だからこそ、心理的な負担がなく、結果として良い関係性が長く続いているという側面もある気がしています。
プロボノの受け入れは、事前の書類と1回きりの面接だけで決まる、ある意味「賭け」のようなシステムです。そのなかで、私たちの団体がこれほど素晴らしい3人の専門家と巡り合い、長期的な信頼関係を築けているのは本当に幸運なことですし、この制度には心から感謝しています。
※プロボノについては2025年12月時点での情報です。
編集後記
「関係人口」という言葉を聞くことが増えています。「能登でボランティアをする?」「能登に通う?」「能登に移住する?」……。正解を探すのですが、どれもしっくりこなかったのです。しかし今回、「実家に帰省するような温かい循環」こそが関係人口というあづささんの言葉に、そうか。それならわかる。ようやく腑に落ちた気がします。
プロボノについても同じ。私自身、能登との関わりのスタートはプロボノライターでした。あづささんは「使う側に時間と心の余裕が必要」と言います。だとすると、「プロボノにも時間と心の余裕が必要」だと思います。ときとして「能登の人の役に立ちたい」という自分の思いだけが先行してしまって空回り。相手の言葉、思いに耳を傾けられるくらいの余裕さえなくなってしまう気がします。
次に能登を訪れるときは、能登の大好きな面白い人たちに「ただいま」と言おう。あづささんが目指すそんな「第2の場所」が能登に増えていって、いつか「関係人口」なんて誰も言わなくなる日が来るかもしれませんね。





