石川県七尾市の一本杉通りに、100年以上の歴史を刻む町家があります。国の登録有形文化財にもなっている“北島屋茶店(きたじまやちゃてん)”です。
店主の北林昌之(きたばやし・まさゆき)さんは、妻の実家の家業を引き継いで以来、50年以上にわたってお茶の商いを続けてきました。長年、一本杉通りのまちづくりにも尽力し、歴史ある町並みを守る活動を続けてきた人物でもあります。
しかし、自身の高齢化や病気、後継者の不在に加え、2024年の能登半島地震で店舗兼住宅が被災。店の存続が危ぶまれるなか、北林さんは事業承継マッチングプラットフォームなどを通じて後継者を探し始めました。
それから約1年。歴史ある茶店を引き継ぐことになったのは、能登で事業承継に取り組む“株式会社ノトツグ”でした。
「事業も建物も、北林さんの暮らしも残したい」
そう語るのは、“株式会社ノトツグ”代表取締役の友田 景(ともだ・けい)さん。文化財建築の修復には多額の費用が必要で、決して容易な事業承継ではありません。それでも引き受ける決断をした背景には、能登に残る価値あるものを次の世代へつなぎ、新たな可能性を生み出したいという思いがありました。
北林さんと友田さん、それぞれの言葉から、能登の未来につながる事業承継の形を探ります。
[取材・構成 坂下有紀]
自分が元気なうちに、北島屋の歴史を託したい
北林:北島屋の建物は、先々代が大正元年(1912年)に取得したもので、明治38年(1905年)以前に建てられたとされています。平成16年(2004年)には、国の登録有形文化財になりました。

私は島根県の出身で、大学を卒業してから大阪の商社に勤めていました。妻の実家がこの茶店で、33歳のときに跡を継ぐことになったんです。ところが、引き継いでみると問屋への借金がずいぶん残っていて、返済するのが大変でした。子どもたちに負担を残したくなかったので、必死で立て直してきました。
お茶も問屋任せにはせず、自分で産地へ足を運び、納得したものを仕入れるようにしてきました。お茶は香りと水色(すいしょく)、味が大事です。島根県で農家をしていた私の実家では、自宅で飲むお茶を自給自足していました。その手伝いをしていた経験があり、私は実家の手作りのお茶の味を基準に、仕入れるお茶を一つずつ自分で確かめて、いいと思うものをお客様に届けてきたんです。

一本杉通りのまちづくりにも長く関わってきました。この通りには古い町家が数多く残っていて、そのうち北島屋茶店、旧上野啓文堂、鳥居醤油店、高澤ろうそく店主屋、勝本邸の5件が、平成16年(2004年)から平成17年(2005年)にかけて国の登録有形文化財になりました。
実は、この登録にも私が関わっているんです。これだけ狭い範囲に5件もの登録有形文化財が集まっているのは、全国的にも珍しいことだと文化庁に褒められました。私はそれ以降、七尾と和倉温泉の登録文化財の申請に係わることになりました。

当時、調査をお願いした先生は、5件すべての申請となると手続きが大変なので、そのうちの何件かに絞ろうとおっしゃったんです。でも、私は反対しました。せっかく歴史ある建物がこれだけ残っているのだから、一部だけではなく、全部まとめて登録してもらいたい。一本杉通りの町並みとして価値があるんだから、5件とも申請しましょうとお願いしたんです。結果的に5件すべてが登録されました。
古い建物を維持していくのは簡単なことではありません。でも、一軒一軒の建物だけではなく、それらが並んでいることで生まれる町並みの価値があると思うんです。だからこそ、この一本杉通りの風景を、次の世代にも残していきたいと考えてきました。

私自身も年齢を重ね、白血病が見つかって入退院を繰り返すようになりました。親族に店を継ぐ人もいません。そこへ能登半島地震が起きて、建物も被害を受けました。この建物と北島屋という名前を、自分が元気なうちに誰かに引き継いでもらいたい。そう考えて、後継者を探すことにしたんです。
お茶の商売をそのまま続けるだけではなく、抹茶を使った新しい商品を作ったり、喫茶店にしたり、時代に合わせて変えていくのもいいと思っていました。ただ、建物とお茶の文化は残してほしい。それが一番の願いでした。
後継者探しから約1年、地元企業との出会い
北林:後継者を探すために、商工会議所や石川県、民間の事業承継支援会社など、いろいろなところに相談しました。
オープンネームの事業承継専門サイトにも記事を掲載してもらったので、問い合わせをいただいたり、興味を持って見に来てくれる人はいたんですが、なかなか実際に引き継ぐところまでは進みませんでした。
北島屋茶店の建物は国の登録有形文化財ですし、地震の被害もあります。修復するには制限もあるうえ、大きなお金が必要ですから、簡単には決められないと思います。そうして時間が経つなかで、ノトツグさんが引き継ぐ話が出てきたんです。
友田:北林さんのことは以前から知っていました。私たちも一本杉通りの人たちとはつながりがありますし、当社の取締役である森山明能くんは一本杉通りの商店街の副会長もしているので、北林さんが後継者を探していることも耳にしていました。
▶︎シロシル能登 免許の先にあるもの──“七尾自動車学校”が育てる人と地域の未来

ただ、知っているからといって、いきなり「後継者はどうするんですか」と聞けるものでもありません。2024年の震災後、私たちは七尾商工会議所とも、これから能登では廃業する事業者がさらに増えるのではないかという話をしていました。
そうしたなかで、商工会議所の担当者から北島屋さんの事業承継について紹介を受けたんです。それなら一度、詳しく話を聞かせていただこうということになりました。

ノトツグでは、震災前にも輪島の会社を1社引き継いでいます。後継者がいないからといって、地域に必要な事業がなくなってしまうのは、非常にもったいないことだと思っています。
北島屋さんの場合は、単にお茶を販売する店というだけではありません。建物そのものが一本杉通りのシンボル的な存在ですし、北林さんは長年、語り部として地域の歴史を伝え、商店街の振興にも尽力してこられました。

そうした歴史や役割を考えると、北島屋さんがなくなってしまうのは困る。社内でも、なんとか残す方法はないだろうかと話し合いました。
事業も建物も、店主の暮らしも。リスクを引き受ける覚悟
友田:北島屋さんの承継を考えるうえで、大きな課題がありました。一つは、建物の修復に多額の費用がかかることです。
登録有形文化財ですから、歴史的な外観を残しながら改修する必要があります。その良さを残そうとすれば、新しく建物を建てるよりも費用がかかる場合があります。今回の計画では、全体で1億円近い資金が必要になる可能性もあります。

もう一つは、北林さんの住まいの問題です。一本杉通りはもともと商店街ですから、店舗と住宅が一体になっている建物が多いんです。北島屋さんも同じで、事業と建物を引き継ぐだけでは、北林さんが住む場所を失ってしまうことになります。
北林さんには、できれば一本杉通りを離れたくないという想いがありました。そこで考えたのが、昔ながらの店舗兼住宅の形を生かしながら、新しい機能を加えて再生する方法です。
建物の前方には茶店を再整備し、後方にある倉庫部分を改修して、4部屋のシェアハウスを設ける計画です。個室を備え、キッチンなどを共用する形で、そのうちの一室を北林さんの住まいにすることを考えています。

震災後、能登では働く場所があっても住む場所がないという問題が起きています。七尾の会社で働いているのに、住まいが見つからず、富山から1時間以上かけて通勤している人がいるという話も聞きました。企業が新しい人を採用したくても、住居を確保できないという相談もあります。北島屋さんの建物を再生することで、そうした人たちに住まいを提供できるのではないかと考えました。
もちろん資金面の課題もあります。休眠預金を活用した事業や、建物の修復に利用できる支援制度などを組み合わせながら、実現に向けて計画を進めています。事業承継を進めるためには、権利関係の整理や関係者との調整なども必要でした。
そうした条件を一つひとつ整理して、ようやく、事業と建物、そして北林さんの暮らしという3つを残す道筋が見えてきたんです。
私たちが引き継ごうとしているのは、単なるお店ではありません。北島屋さんが積み重ねてきた歴史と、北林さんの人生、そして一本杉通りのこれからも含めて、引き継ぐことだと思っています。

私は以前、七尾のまちづくりセンターで事業承継のコーディネートにも関わっていました。その経験から感じていたのは、事業承継を支援する人がいても、実際にリスクを引き受ける人がなかなかいないということです。
今回も、1億円近い資金を動かすことになるかもしれません。普通に考えれば、わざわざそんな難しいことを引き受けようという人は少ないでしょう。でも、誰かがやらなければ残らないものがあるんです。

ノトツグは、そうしたリスクを自分たちで引き受け、能登で新しい挑戦をしていく会社だと思っています。もし私たち以外に引き継いでくれる人がいるなら、それでもいいんです。ただ、これまでなかなか手が挙がらなかったということは、それだけ難しい案件だということです。
半分は無茶な挑戦かもしれません。それでも、北島屋さんには引き継ぐ価値があると思ったんです。
守るだけではなく、新しい価値を生み出す茶店へ
友田:私は大阪の出身で、能登に来てから「地域の課題を解決したいんですか」と聞かれることがあります。しかし、そうではなくて、私自身は、能登にはもったいないものがたくさんあると思っているからです。
例えば、北林さんが長年続けてきた「抹茶挽き体験」です。石臼を使って碾茶(てんちゃ)を挽き、自分で抹茶を作る体験ができる場所は、そう多くありません。しかも、北林さんからお茶の話や一本杉通りの歴史を聞くことができる。それ自体が大きな価値だと思っています。

ところが、これまでは十分な収益につながる形にはなっていませんでした。もちろんサービスの内容や提供方法を見直す必要はありますが、体験としての価値をきちんと伝えることができれば、もっと可能性が広がると思っています。
今は海外でも抹茶への関心が高まっています。金沢には欧米からの旅行者がたくさん訪れていますが、能登にはまだ十分に足を延ばしてもらえていません。能登でしかできない体験をきちんと商品化して発信していけば、旅行者が訪れる理由を作ることができるはずです。
お茶の小売りだけでは、これからの経営は厳しくなるかもしれません。だからこそ、お茶を売るだけではなく、お茶の文化や体験そのものを提供する事業へと発展させたい。
これは単に、使命感だけで取り組んでいるわけではありません。北林さんが長年かけて築いてこられたものには、事業として成長できる可能性があると思っています。その価値をさらに高めていくことが、私たちの役割だと考えています。
北林:抹茶挽き体験は、これまでもやってきましたが、正直に言うと、あまりお金になるものではありませんでした。だから、ある程度人数が集まらないと引き受けられなかったんです。

一度、富山から90人ほどの申し込みがあったこともありました。石臼は台数が限られているから、交代で抹茶挽き体験をするだけでも時間がかかります。一本杉通りの観光と抹茶挽き体験をグループ別に交代で行う形で、2日間かけて実施しました。
その時は、皆さん茶道をされている方達だったので、抹茶挽き体験に興味を持ち、楽しんでいただけました。
抹茶の原料になるのは碾茶(てんちゃ)です。日光を遮って育てた茶葉を使うんですが、普通の煎茶とは違います。うちでは宇治から仕入れています。抹茶用の石臼も、普通の石臼とは目の細かさが違うんです。今では、こうした道具を手に入れるのも簡単ではありません。

道具もあるし、やり方もわかっています。それをこれからどう生かしていくかですね。店には、お湯を沸かすと蓋が音を立てる珍しい茶釜もあります。そうした道具も使いながら、抹茶挽き体験をもっと面白くできると思います。
せっかく続けてきたものですから、なんとか軌道に乗るように考えないといけませんね。
友田:2026年11月からは建物の工事を始め、2027年の夏前までにオープンできればと考えています。

それに先立って、2026年11月1日から仮設商店街の店舗で営業を始めます。仮設店舗でも抹茶挽き体験ができるようにしたいと思っています。北林さんには、これからもできる範囲で店に関わっていただきたいですし、お茶の知識や技術も引き継いでいきたいですね。
店舗の修復が完了したら、ネットショップなどにも取り組んでいきたいと考えています。店舗に併設するシェアハウスについても、今は被災地の住まいの不足に応えることが優先ですが、将来的に住宅需要が落ち着いたら、宿泊施設への転用も考えられると思っています。
歴史ある町家でお茶の文化に触れ、一本杉通りを歩き、能登に滞在する。そんな新しい楽しみ方も生まれるかもしれません。

北林:今でも、抹茶挽き体験をしたいという問い合わせをいただきます。
病気の治療も今はうまくいっていますし、これから店の片付けや、いろいろとやらなければならないことがあります。長年やってきたことを、これからどう活かしてもらうか。私も考えなければいけません。
せっかく引き継いでもらうんですから、うまく軌道に乗ってほしいですね。
関わりシロ|北島屋茶店の新しい挑戦を応援しよう
北島屋茶店は、2026年11月1日から仮設店舗での営業を始め、2027年夏前の新店舗オープンを目指しています。歴史ある茶店を未来へつなぐために、私たちにもできることがあります。
お店を訪れる
仮設店舗に足を運び、お茶を購入して応援する
抹茶挽き体験に参加する
石臼で抹茶を挽き、お茶の文化に触れる(実施状況は要確認)
復興の様子を発信する
一本杉通りを訪れ、変わりゆく町の姿や北島屋茶店の挑戦をSNSなどで紹介する
最新情報をチェックする
店舗の再開や体験メニューの情報を、InstagramやFacebookなどのSNSで確認する
取材後記
受け継ぐことは、未来をつくること
北林さんに初めてお会いしたのは、実は10年以上も前になります。県外から来た友人を伴って一本杉通りを訪れた際に抹茶挽き体験をしているのです。体験そのものも印象的でしたが、一本杉通りの歴史や花嫁のれんの取り組みなどもお聞きした覚えがあります。
2025年に事業承継の募集記事について取材するために、再び訪れた北島屋茶店で、北林さんから長い歴史を持つ北島屋茶店と文化財の建物を残したいという強い想いを聞きました。その一方で、北林さんは震災で傷んだ建物の修復や、ご自身の暮らしをどうするかという難しい問題も抱えていました。
それから約1年。今回、事業を引き継ぐノトツグの友田さんと一緒にお話を聞くことができ、うれしく思いました。印象的だったのは北林さんの顔が、以前より明るくなり、笑顔が増えていたこと。病気の治療もうまくいっていて、現在は退院されて仮設住宅で暮らしているそうですが、安心して任せられる担い手が見つかったことで心も軽くなったのではないでしょうか。
北林さんが長年続けてきた抹茶挽き体験も、友田さんの目には、国内外から人を呼び込める価値ある観光コンテンツとして映っています。地域の人にとっては当たり前のものが、外から来た人には大きな可能性を秘めた資源に見える。異なる視点が出会うことで、新しい事業が生まれていくのだと感じました。
そして何より、今回の事業承継は、店や建物を残すだけではなく、北林さんが住み慣れた町で暮らし続けられることまで考えられています。
震災後の能登では、事業の継続も、建物の再建も、暮らしの再生も、それぞれが大きな課題です。だからこそ、これらを切り離さずに考える今回の取り組みには、大きな意味があると思います。
かつて北林さんが先代から受け継ぎ、守り続けてきた北島屋茶店。今度は新しい担い手とともに、次の時代へ歩み始めます。歴史を守ることと、新しい価値を生み出すこと。その両方に挑む北島屋茶店のこれからを、楽しみにしています。





