巨大なイカのモニュメント「イカキング」で一躍有名になった、石川県能登町の“イカの駅 つくモール”。日本三大イカ漁港のひとつとして知られる小木(おぎ)の近く、日本百景にも選ばれた九十九湾(つくもわん)のほとりに、2020年6月に誕生した観光交流施設です。
コロナ禍の開業、イカキングをめぐる国内外での話題、そして2024年1月1日の能登半島地震。開業からわずか数年の間に、施設は幾度もの困難に直面しました。地震による津波は館内にまで押し寄せ、遊覧船や周辺の護岸にも甚大な被害をもたらしました。それでも、あの巨大なイカキングは津波をかぶりながら無傷で残りました。
施設は2024年4月8日に物販から営業を再開。2025年4月には指定管理者が交代し、「株式会社能登町ふれあい公社」が運営を引き継ぎました。新たに駅長に就任したのは吉村昌央(よしむら・まさお)さん。遊覧船の運航やレストランの営業も再開し、少しずつ観光客の姿が戻ってきています。
復旧が続く能登で、観光施設を営業することにはどのような意味があるのでしょうか。吉村駅長に、イカの駅つくモールの歩みと、観光を通じた復興への思いを聞きました。
[取材・構成 坂下有紀]
コロナ禍に誕生したイカの駅。世界が注目した「イカキング」
“イカの駅つくモール”がオープンしたのは、2020年6月のことです。

ここ能登町の小木は、日本三大イカ漁港の一つとして知られる、イカ漁の盛んな地域です。昔からイカ釣り漁業が地域の暮らしや産業を支えてきました。施設の名前も、一般的な「道の駅」ではなく「イカの駅」。イカを中心に、能登町の食や文化、観光の魅力を発信する場所として誕生しました。

物販コーナーには、小木の名産「船凍イカ(せんとういか)」をはじめ、イカの一夜干しや加工品、能登町のブルーベリー、日本酒、調味料など、地域の特産品が並んでいます。館内にはイカ漁について学べる展示コーナーもあります。

そして、つくモールといえば、何といっても巨大なイカのモニュメント「イカキング」です。イカキングが設置されたのは2021年。国の「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」から約2,500万円を充当し、総事業費約2,700万円をかけて制作されました。
当時はコロナ禍の真っただ中です。観光需要が落ち込み、全国の観光施設が厳しい状況に置かれていました。そうしたなかで、観光客を呼び戻すための仕掛けとして誕生したのがイカキングでした。
ただ、コロナ対策の交付金で巨大なイカのモニュメントをつくったことには、国内外から批判も寄せられました。

私も当時の報道はよく覚えています。ところが、結果的には世界中で話題になり、能登町を代表する観光スポットになったんです。報道などによると、イカキングの経済効果は約6億400万円、広告・宣伝効果は約18億円と推計されています。

実際、今でもイカキングを目当てに来られるお客様はとても多いですね。InstagramやFacebookなどのSNSでも写真が広がって、撮影スポットとして人気があります。面白いのは、皆さんが写真を撮る場所がだいたい決まっていることです。あまりにも多くの人が同じ場所で撮影するため、そこの芝生だけ育たずはげてしまっているのです。
2026年には開業6周年を迎えましたが、振り返ると、コロナ禍に始まり、震災もあって、なかなか本来の形で営業できない期間が続きました。それでもイカキングは、つくモールを知っていただく大きなきっかけになっています。そして、震災後には、このイカキングがまた違った意味で注目されることになりました。
元日の地震と津波。九十九湾に残された深い爪痕
2024年1月1日、能登半島地震が発生しました。つくモールがある九十九湾にも津波が押し寄せました。津波は建物の中まで入り込み、売り場や厨房が浸水しました。
当時の写真を見ると、レジの周辺にも泥や水が入り込んだ跡が残っています。浸水はおそらく30センチほどあったのではないかと思います。津波は駐車場まで達し、遊覧船や地元の漁船が岸壁に乗り上げるほどの被害でした。

その一方で、屋外に設置されていたイカキングは津波をかぶりながらも、ほとんど損傷することなく残ったんです。あれだけの大きな地震と津波を受けても無傷だったということで、震災後には復興のシンボルとしても注目されるようになりました。
ただ、イカキングが無事だったからといって、周囲の被害が小さかったわけではありません。九十九湾の護岸には大きな亀裂が入り、遊覧船の乗り場も深刻な被害を受けました。つくモールに至る道路も崩落し、迂回路を通らなければならない状況になりました。

能登半島地震では、輪島市などで大規模な海岸隆起が起こりましたが、反対に、つくモールの周辺では地盤沈下が起きています。その影響で、満潮になると海水が陸地に逆流してくることがあるんです。雨が降ったときだけではなく、潮位によっても周辺が冠水することがあり、遊覧船の運航に影響が出ることもありました。

地震のあと、2024年9月には奥能登豪雨も発生しました。施設の営業を再開できたとしても、周辺の環境が元に戻ったわけではありません。九十九湾の護岸には震災当時の亀裂や崩れた箇所が今も残り、長く被災したままになっていた護岸の復旧工事が2026年になってようやく始まりました。
工事が始まったことは大きな前進ですが、まだ復興の途中です。道路についても、のと里山海道や珠洲道路から小木へ来る道は損傷が激しく、迂回路は確保されているものの、大きな傷跡が残っています。美しい九十九湾の風景と、そのすぐそばに残る震災の爪痕。今の能登には、その両方が隣り合わせに存在しています。

指定管理者の交代と営業再開。新しい体制で再出発
つくモールは、2020年の開業以来、地元住民で立ち上げた「株式会社こっしゃえる」が指定管理者として運営してきました。しかし、震災によって施設は一時休業を余儀なくされ、2024年4月8日に物販から営業を再開ました。最初は営業時間を短縮しての再開でしたが、震災からわずか3か月余りで、再びお客様を迎えられるようになったことには大きな意味があったと思います。
しかし、運営を続けることが困難になり、施設運営を引き継ぐ指定管理者が2024年9月に公募されました。町内からも、県内・県外からも応募がなく、締め切りのギリギリまで待って地元の「株式会社能登町ふれあい公社」が手を挙げました。私が務めている会社で、能登町にある宿泊施設や観光施設の多くを運営しています。

私がイカの駅の駅長として着任したのは2025年4月からで、当時、駐車場には復旧工事の業者さんや、被災地支援のボランティアの方々の車が多く停まっていました。まだ観光客よりも、復旧や支援のために能登へ来られている方の姿が目立つ状況でした。
2025年4月には遊覧船「イカす丸」も、航路の安全確認を経て運航を再開。さらに同年7月3日には、1年半休業していたレストランも新たな料理人を迎えて営業を再開しました。そうして少しずつ、震災後のつくモールに新しい動きが生まれてきました。単に元の状態へ戻すだけではなく、新しい人や取り組みが加わりながら、施設が再び動き出しています。
イカキングの先にある、能登町の食と九十九湾の魅力
イカキングを目当てに訪れる方は本当に多いのですが、私たちとしては、ぜひ施設の中にも入っていただきたいと思っています。
小木は昔からイカ漁が盛んな町です。なかでも有名なのが「船凍イカ」。漁獲したイカを船の上で1杯ずつ急速冷凍することで、鮮度を保ったまま届けることができます。

小木のイカ釣り漁船には、船内で急速冷凍するための設備が備えられています。イカ同士がくっついたり傷ついたりしないよう、一杯ずつ丁寧に扱うのも特徴です。昔は船内に冷凍設備がなかったので、漁に出る前に氷を積み込んでいたと聞きます。それだけ、この地域の漁師さんたちは昔からイカの鮮度や品質を大切にしてきたんです。
近年は海水温や漁場の変化など、イカ漁を取り巻く環境も変わっています。以前は日本海の大和堆(やまとたい)などが主な漁場でしたが、最近では太平洋側まで漁に出ることもあるそうです。そうした漁業の歴史や現状も、つくモールを訪れることで知っていただくことができます。
また、能登町は発酵文化の盛んな地域でもあります。日本酒に加え、イカの内臓を使った魚醤「イシリ」も地域を代表する伝統的な調味料です。イカのイシリは、独特の深いコクとうま味が特徴です。こうした食文化も、イカ漁とともに受け継がれてきた地域の財産だと思います。
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館内のレストランは、震災をきっかけに東京から能登町へ移住してきた料理人・細野涼介(ほその・りょうすけ)さんが引き継いでくださり、2025年7月から営業を再開しました。細野さんは、被災した能登で自分にも何かできることがあれば、という思いから移住を決められたそうです。現在はつくモールのレストラン「酒味房 ひりゅう」を営業する一方、小木地区でご自身の居酒屋「能登shirushi(のとしるし)」と民泊も開業されています。

「イカの駅」という名前のとおり、店内のレストラン「酒味房 ひりゅう」で提供している料理もイカを中心にしたメニューです。船凍イカを使った料理のほか、ひき肉状にしたイカをゴロッと使用した「イカメンチ」なども人気があります。

そして、つくモールに来たら、ぜひ体験していただきたいのが遊覧船「イカす丸」です。九十九湾は入り組んだ海岸線と穏やかな海が美しい、日本百景にも選ばれた景勝地です。遊覧船では約40分かけて湾内を周遊し、船上から海岸線や自然を楽しめます。船底に設けられた窓から海中を眺めることもできるので、海の上と中、両方から九十九湾の魅力を感じていただけます。

ただ、震災によって海岸の風景は大きく変わりました。以前と同じ景色ではありません。護岸の崩れた場所や復旧工事の様子も目に入ります。
それでも、九十九湾の自然の美しさが失われたわけではありません。むしろ今は、美しい風景とともに、震災によって何が起きたのか、復興がどこまで進んでいるのかを知っていただく機会にもなると思っています。

観光を楽しみながら、能登の今を知っていただく。それも、現在のつくモールが担う役割の一つです。
「被災地に行っていいのかな」ではなく、今の能登を見に来てほしい
2025年のゴールデンウィーク頃を境に、少しずつ観光客の姿が戻り始めました。それまで復旧工事の関係者やボランティアの車が多かった駐車場に、観光のお客様の車が増えてきたんです。
そして、8月のお盆には驚くほど多くの方にお越しいただきました。店内が満員電車のような状態になり、私自身も少し驚いたくらいです。平日にも多くのお客様が訪れてくださり、「テレビを見て来たよ」と声をかけていただくこともあります。
2025年度の年間来館者数は約6万人でしたが、イカキングの前で写真を撮って、そのまま帰られる方も少なくありません。せっかく能登町まで来ていただいたのですから、イカキングだけではなく、地元の食や文化、九十九湾の自然にも触れていただけるようにしたいですね。
最近では、能登の復興を応援するバスツアーや、個人で訪れてくださる観光客も増えてきています。ただ、県外の方からすると、被災地へ観光に行ってもいいのだろうか、と迷われることもあるようです。
私たちも、その気持ちはよくわかります。震災から時間がたったとはいえ、道路や護岸など、まだまだ復旧していない場所があります。被災された方々の生活も、すべてが元に戻ったわけではありません。
でも、だからこそ、今の能登を見に来ていただきたいんです。震災の報道は時間とともに少なくなってきました。テレビや新聞だけでは、復興がどこまで進んでいるのか、どんな課題が残っているのか、なかなか伝わりにくい部分もあります。
実際に足を運んでいただければ、営業を再開したお店があることも、道路や港の復旧がまだ続いていることも、ご自身の目で確かめていただけます。

そして、私たちもお客様とお話しできることが、復興への力になるんです。「来てよかった」「また来るよ」と声をかけていただくことが、何より励みになります。観光に来ていただくこと、地元のものを買っていただくこと、食事を楽しんでいただくこと。それが地域の事業者や生産者を支えることにもつながります。
イカキングは、能登町を知っていただく入り口として大きな役割を果たしてくれています。その先にある小木の漁業や食文化、九十九湾の自然、そして今も復興に向けて歩んでいる地域の姿を、もっと多くの方に知っていただきたいと思っています。
関わりシロ|訪れて、食べて、買って。能登の観光を応援する
“イカの駅 つくモール”は、観光を楽しむことが地域への応援につながる場所です。まだ復興の途中ですが、ぜひ、今の能登に足を運んでください。
イカキングに会いに行く
巨大なモニュメントと記念撮影。SNSで発信することも能登町の魅力を広めるきっかけになります。
能登町の特産品を購入する
船凍イカ、一夜干し、イシリ、日本酒、ブルーベリー加工品など、地元の商品を購入することで地域の生産者や事業者を応援できます。
イカ料理を味わう:
レストランでは、能登へ移住した料理人・細野さんによるイカ料理を楽しめます。
遊覧船「イカす丸」に乗る
九十九湾の美しい自然と、震災からの復旧が続く地域の現状を海から見てみましょう。
能登町に泊まり、地域を巡る
つくモールを訪れるだけではなく、周辺の飲食店や宿泊施設、観光スポットにも足を延ばしてみてください。
取材後記
私自身、震災後に何度かつくモールを訪れています。九十九湾の美しい景色のすぐそばに、崩れた護岸や傷んだ道路が残っている光景は、復旧・復興にまだまだ時間がかかることを感じさせられます。
一方で、施設の営業が再開され、遊覧船が動き、レストランには新たな料理人が加わりました。イカキングの前には、今日も記念撮影を楽しむ人たちの姿があります。吉村駅長の「来ていただいて、お話をさせていただくことが、私たちの復興の力になる」という言葉が印象に残りました。
被災地を訪れることに遠慮を感じる人もいるかもしれません。しかし、営業を再開した施設やお店に足を運び、食事や買い物を楽しみ、地域の人と会話を交わすことは、復興を支える身近な方法の一つです。
イカキングを目当てに能登へ行く。それだけでも充分なきっかけになると思います。そして、せっかく訪れたなら、九十九湾の美しい風景と、そこに残る震災の爪痕の両方を見てほしい。小木のイカ漁や食文化にも触れてほしい。遊覧船「イカす丸」への乗船も、とってもイカした体験ができます。
“イカの駅 つくモール”は、観光を通じて能登の今を知り、地域と関わる入り口になっているのだと思います。





