七尾市中島町西岸(ななおし・なかじままち・にしぎし)、能登半島の山と海の狭間にある、築150年の古民家。“atelier morinoto(アトリエ・モリノト)”の建築家森野和彬(もりの・かずあき)さんは、2019年からこの土地で暮らし、2023年には自宅を改修し、地震後は特に地域の人々と共に歩んでいます。
「古いものをきちんと使い続けることが、持続可能な社会へのアプローチだと思っています」。その言葉の奥には、建築家として日本の住宅や社会を見つめてきた思いと、能登への愛着、そして震災後も静かに続く問題意識がありました。きっかけは旅行で立ち寄った能登の風景──それが、ここに生きることを選んだ一歩でした。
[取材・写真・構成 伊藤璃帆子]
この風景を守りたい。建築家として出会った能登の魅力

“atelier morinoto”の森野和彬(もりの・かずあき)です。建築設計を本業としています。東京で仕事をしていたころから、ずっと考えていたことがあります。持続可能な社会のために、どのように仕事に取り組んでいくべきか──。そのうち、地方に残っている古い家屋をきちんと使い続けることが、一つの道だと思うようになりました。地方に根を下ろして、古民家を直し、土着の営みと文化を残す活動をしていきたいと。
初めて能登を訪れたのは、2017年に開催された奥能登国際芸術祭のときです。当時、自分が設計担当していた住宅の施主が造形作家で、「作品を見に来ないか」と誘われたことがきっかけでした。

初めて見た珠洲の風景。目の前に広がる街並みに心奪われました。とくに印象的だったのは、黒光りする能登瓦の屋根と下見板の伝統的な民家が多く残り、かつ住民の暮らしがそのまま家と密接に関係し共にある様子です。
古い街並みが保存されている場所はたくさんありますが、現代の生活と民家の関係が今も当たり前のように続いている地域は多くありません。古い建物の保存修復の設計をしてきた者として、この風景は非常に胸を打ちました。
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「この景観・文化を継承していくことを、ライフワークにしたい」
そう決意して、2019年に海が見える中島町西岸というエリアで、空き家バンクを通じて家を引き継ぐことになったのが、今の自宅です。改修には仲間も協力してくれましたし、住み始めてから地域の皆さんには大変お世話になってきました。
しかし、2024年の地震によって、守りたかった能登の景観が瞬く間に失われてしまいました。正直、喪失感や絶望感がかなり大きい。でも、だからこそ、ここで活動を続けていかなければ、という気持ちを持ち続けています。
次の150年へ繋ぎたい。地域の文化財としての古民家再生

私が東京にいたころから、建築業界では古民家のリフォームやリノベーションが流行っていましたが、何か違和感を抱くようになりました。ブームにのって改修された多くの古民家改修事例には、既存の建築への尊重の前に、設計者が自己表現の土台にしているような印象を感じてしまったんです。
積み重ねられた歴史に敬意を持って、建物の価値を守る仕事をしたい──そう考えて、東京で働いた最後の設計事務所では、文化財の保存修復と活用を専門とした事務所を選びました。そこで多くの経験を積ませてもらい、古いものの見方や、建物の価値の見出し方、保存修復の方法などを身につけました。

この家には、そんな自分の思いを反映させています。家の価値を損なわないように、どこを残し、どこに手をいれるかをしっかりと考えてとりかかる必要がありました。
家の構造である骨組みはまだ十分持つものなので、150年の伝統的な構造を適切に補強しながらそのまま活かし、次の150年使いつづけられることを目指して改修しています。リビング隣の民家の中心的な「チャノマ」など、古い建物の良さがそのまま残っている空間には、内装が変化しないようにしています。でも、何もしないわけではなく、家全体を長持ちさせるための断熱や湿度のコントロールを検討しつつ、手を入れるべきところは入れているんです。

設備は50年も経てば更新が必要になるので、キッチンや浴室、トイレなどの水回りは設備を一新。歴史的価値を損なってしまう部分は見た目にはわからないようにしつつ、家全体の壁や床に断熱材をしっかりと入れています。
古い家屋を「壊れたから」「不具合があるから」といって、むやみにリフォームやリノベーションをしたり、取り壊してしまったら、もう二度とその建物の魅力は蘇りません。自分たちの時代で、後世に続くものを途絶えさせることは避けたい。あんなに素敵な家だったのに、どうして壊してしまったんだろう、って、次代を生きる人たちが思わないように。

リフォームでやってしまいがちなのが、家の呼吸を止める断熱工事です。断熱材の選定をきちんと検討せずに用いると、湿気が閉じ込められてしまい内部結露が起きて、逆に建物の耐久性を短くしてしまうことがあります。
この家が150年も維持できた理由のひとつは、土や竹や木といった自然素材が呼吸でき調湿性の高い状態だから。これからリフォームやリノベーションをする際は、できるだけ家の調湿性=湿気の呼吸を止めない工夫をすべきと考えています。

古い家は、寒いイメージがありますが、この家を改修するときも、暖房方式の選択は大きな問題でした。石油由来の燃料をできるだけ使わず、大きな空間を効率的に温める必要があったからです。特に、リビングは吹き抜けになっているため、暖房で空気を温めても、暖気が天井へ溜まってしまい、床付近は寒いままになるのは明白でした。
そこで「輻射熱」を利用することにしました。輻射熱とは、空気ではなく、熱が壁や床、そして人に直接熱が伝わる仕組みです。これにより、室内の空気温度がそれほど高くなくても、熱が壁や床、天井に蓄熱されており、人が存在する空間の表面から熱のやり取りが行われるため、寒さを感じにくくなります。
このような温熱環境の設計によって、薪ストーブを焚くと、その熱が壁に蓄えられ、壁自体がじんわりと温まり始めます。そのため、留守にしていても、蓄熱性が高いことで、室内が冷え切って底冷えするような状態にはなりません。そこで薪ストーブを焚けば、意外と素早く十分な暖かさを得ることができるんです。
震災から立ち上がる。住民が集える蔵の修復と地域コミュニティの再生

震災によって、私たちの集落に住んでいた住民の多くは仮設住宅に移りました。家が激しく損壊してしまい、住める状況ではない人がほとんどです。でも、おばあちゃんたちは、毎日自宅周辺に戻ってきます。仮設住宅で朝ごはんを食べたら車で集落に戻ってきて、畑仕事をして、夕飯前にまた仮設に帰っていく。
家が元通りになればいいのですが、そのためには多くの時間とお金がかかります。ここに住むことを、為すすべなく諦めてしまった方も多くて、このままだと集落がバラバラになっていってしまうんです。
私たちは、この場所に再びみんなが安心して時間を過ごせる場所をつくりたい。自宅の損壊した蔵を活用してそのような場所に出来ないか?と思い立ち、クラウドファンディングなどで資金を集め、修復作業はコツコツとDIYを中心にして進めて、人が集まれる場所を再構築しているところです。
▶クラウドファンディング (募集終了)能登中島に【よりあい処】を!蔵を再生し、居場所を失った方々がつながる場を作りたい

こうした活動の背景には、私が大学時代から関わっているNPO法人の存在があります。私が学生時代から関わるCFFジャパンは、もともと海外の子どものケアと青年の育成が活動の柱で、そこで得た気づきや方向性を活かしながら続けてきましたが、能登半島地震の前の年に、地域と青年が共に育ち合うことをキーワードに有志の活動チームとして「CFFインターローカル」を立ち上げました。

地震直後の2月から、がれき撤去や家財搬出、こども達とあそぶ場所といった活動を始めて、地域住民との関係を築き、現在も活動を続けています。避難所や仮設住宅で暮らす人たちの心の声を聞くこと、安心感を提供することを重視している団体です。
これまでに延べ250名以上のボランティアに来てもらい、地域コミュニティの細かいニーズに応えながら継続的な支援の基盤を作っています。
今、進めている蔵の修復作業も、インターローカルのメンバーが支えてくれています。メンバーが毎月、ボランティアで滞在し、地域での活動と共に、蔵のDIYをしてくれている。私のコミュニティ再生の取り組みにとって、彼らの活動はとても重要な基盤となっているんです。

この中島という土地は農林漁業の街でしたが、担い手がどんどん減っています。そういう里山里海の環境をちゃんと整備して、人が関わり続けられるようにすることが、コミュニティを残す本当の方法。ですが、住んでいる人たちだけでは、どうにもならないことが本当に多いんです。

能登の人は、利他の精神が強く、自分の問題は諦めてしまいがち。そこで、私たちが考えたのは、子どもたちを中心にした住民がそれを応援できるような取り組みです。目の前の子どもたちの未来のためなら、地元の方達もきっと動けるはず。子どもたちがかつての暮らしのように山に入ったり海と関わったりすることをやって、それを地元のおじいちゃん・おばあちゃんがサポートしたり、教えてくれるようなことをしていきたいと考えています。そのために中島町のメンバーで市民活動団体「能登なかじま おいっさーズ」も出来上がり動き始めました。
震災から二年以上が経過してもなお、課題は山ほどあります。これを読んでくださっている皆さんにも、ぜひ関わってもらいたい。現地に来て、見てもらわなければわからないことは、本当にたくさんあるんです。もし、インターローカルやおいっさーズによる地域での継続的な活動に関心を持ってくださる方がいらっしゃれば、ぜひご連絡ください。目下、2026年7月の蔵のオープニングイベントに向けて、仲間と準備しています。

取材後記

東京での建築キャリアを持つ森野さんが、能登に移住した動機は、お仕事がきっかけだったのでしょう。しかし、彼の活動は今や、古民家の再生という「建物」の枠を超え、能登の日常である里山里海の暮らしそのものを未来へ継承する取り組みへと発展しています。
経済活動が中心の都心では、こうした活動の意義は見えにくいものですが、能登という土地は、単なる生活や金銭のためだけではない、真に大切な価値を私たちに教えてくれます。震災という厳しい経験を経ても、自然の恵みを受けながら土地と共生する人々の想いは、移住者である森野さんにも深く伝わっています。
能登の里山里海の営みこそ、私たちが未来へ繋ぐべき、かけがえのない文化資産なのだと思います。





