令和6年能登半島地震により、周辺の約60軒のうちわずか5軒しか残らないという、文字通り壊滅的な被害を受けた輪島市町野町粟蔵地区で、力強く歩みを進めている“エステフーズヤチ”。震災後の深刻な人口流出、特に若い世代や子育て世代が地域を離れるなかで、同社で働くスタッフの半数以上は県外からの移住者やボランティア出身者だという。
さらなる認知拡大と将来的なコア人材の募集を見据え、同社が活用したのが「SNSマーケティング」の経験・スキルをもつプロボノだった。
能登復興 × 複業プロジェクトのプロボノ人材との協働から見えてきたノウハウの吸収法、そして祖父の代から脈々と続く「移動販売」という独自のビジネスモデルに隠された、大手スーパーには絶対に真似できない「関係性の商売」の強みについて、代表の谷内孝行(やち・たかゆき)さんに話を聞いた。
[取材・構成 米谷美恵]
震災後の深刻な人口流出に立ち向かう

震災後、能登地域、特に私が住んでいる輪島市町野町周辺では、特に子育て世代や若い働き手世代の人口流出が急激に加速しました。避難先で子どもの教育環境が整ってしまうと、なかなか地元へ戻ってくることが難しくなります。こうした状況下においては、ハローワークなどの従来の方法だけで地元の働き手を募集することは極めて困難です。
現在、「さいはての谷内のおとうふ」(運営:有限会社エステフーズヤチ、以降、谷内のおとうふ)の正社員4名、パート3名のうち、約半数は震災後に県外から能登に飛び込んで来てくれた移住者やボランティアです。今後、人材を確保するには、こうした「外からの人材」にどれだけリーチできるかが鍵になります。そのために、まずは全国の移住関心層に向けて谷内のおとうふの存在を知ってもらい、働く場所としての選択肢に入れてもらうための「認知拡大」が必要不可欠だと考えました。その強力な武器としてSNSマーケティング、特に若い世代に届くInstagramの活用に知見のあるプロボノ人材を募集したところ、4〜5名の専門家が手をあげてくれました。
正しいノウハウに基づけば成果が出るとわかったInstagram

応募してくれた皆さんはそれぞれ優秀でしたが、最終的にお願いしたかたは、最初のオンライン面接の段階から「圧倒的に具体的なアクション」を提示してくださっていました。熱意はもちろん、「谷内さんの目的が人材獲得や認知拡大なら、まずはこういう動画を、こういうスケジュールで出していきましょう」と、すぐに動けるプランをその場で出してくれたんです。
そのかたの提案により、それまで独自に文字や画像中心で運用していたX(旧Twitter)から、動画メインのInstagram活用へと一気に舵を切りました。実際にスタートすると、最初の数回の投稿だけでフォロワーが100人、200人と瞬く間に増えていったんです。正しいノウハウに基づいて動けば、これほど顕著に成果が出るのだと大きな手応えをつかむことができました。
プロボノ採用を成功させる鍵は、事業者側が「明確な目的」をもつこと
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。動画の「主人公」としてスポットを当てていた移動販売のアルバイトスタッフが途中で退職してしまい、当初予定していた切り口でのコンテンツ撮影が継続できなくなるというトラブルもありました。私自身も日々の経営や製造に追われ、「提案はもらったけれど、忙しくて手が回らない」という、プロボノ活用現場でよくある壁にぶつかりました。
しかし、そこでプロボノ人材に丸投げして「運用代行」を期待するのではうまくいきません。大切なのは、彼らのスキルを通じて「どうやれば伸びるのか」という仕組みやノウハウを、事業者側が学ぶこと。プロボノ制度をうまく活用できる事業者というのは、自分のなかで「やりたいこと」がはっきりしている人だと思います。丸投げするだけでは宝の持ち腐れになってしまいます。こちらに明確な目的意識があれば、本当に心強い存在になってくれます。約束の期間は終わりましたが、今もそのかたとはLINEでつながっており、必要なときにはいつでもプロのアドバイスをいただける関係性を築けています。
祖父の代から60年。一朝一夕には真似できない「移動販売」という圧倒的な強み

谷内のおとうふの最大の強みであり、商売の原点は、祖父の代から60年以上続く「移動販売」にあります。創業の地はさらに山奥の集落で、当時は祖父がバイクの荷台に木箱を積み、そこに水を張って豆腐を浮かべながら集落を回っていました。私は祖父が亡くなる前にそのルートを引き継いだのですが、私たちの訪問を何十年も待ってくださっているお客様が何人もいらっしゃいます。一朝一夕には絶対に崩せない深い信頼関係がそこにはあると自負しています。
「スーパーに行けば何でも揃う時代に、なぜ移動販売なのか」と聞かれることがあります。しかし、スーパーの棚にあっても認知されない豆腐がある一方で、家の前まで「冷えた状態」でお豆腐を持っていけば、お客さまは1週間分をまとめて買ってくださいます。移動販売は、消費量も増やしてくれるんです。
コロナ禍以降、コストは上がりましたが、大豆はすべて国産大豆にして、味わいも向上させました。そのうえで、1丁130円という、地域の人々が毎週無理なくリピートできる価格設定を守りながら、一軒一軒周りながら「人間の血が通った関係性の商売」を広げ続けています。
「能登でもやれる」姿を見せたい。効率化による増益を武器に、さらなる成長へ

令和6年能登半島地震で、周りのほぼすべての家屋が崩れ落ちている凄惨な光景を見たとき、一時はこの場所での事業再開を諦めかけました。金沢への避難や、事前に事業承継していた小松の工場での代替生産(OEM)も頭をよぎりました。しかし、住む家さえ失って途方に暮れている地域の方々がたくさんいるなかで、幸いにも工場が残った私たちが「能登の地でもこれだけやれるんだ、商売を続けられるんだ」という姿を見せること自体が、この街に対する最大の復興アプローチになるはずだと腹をくくりました。
事業再開にあたっては、経営体質の大胆なスリム化を断行しました。配達の頻度を調整させてもらい、週5日稼働していた豆腐製造と油揚げ製造の日数を「豆腐の日」「油揚げの日」とわけることで、製造コストを大幅に削減。その結果、全体の売上高自体は下がったものの、利益率は向上するという「減収増益」のタフな筋肉質経営を実現することができました。
能登には今、災害FMを立ち上げて地域のラジオ局を引っ張る同級生や、倒壊した木材を集めて自らログハウスの診療所を建てようとしている40代の医師など、驚くべきバイタリティで闘っている仲間たちがいます。アプローチの方法は一人ひとり違っていい。それぞれが自分の得意なことで事業を伸ばし、まちを盛り上げていけば、能登の未来は間違いありません。私たちは今後もこの地から動かず、美味しいお豆腐と、移動販売が紡ぐ「人と人とのつながり」を次の世代へつないでいきます。
編集後記
SNSというと、「フォロワーを増やす」「バズらせる」といった言葉が頭に浮かびます。でも谷内さんのお話から、その本質はまったく別のところにあることに気づきました。
60年以上続く移動販売も、震災後に集まった移住者やボランティアも、プロボノとの協働も、すべてに共通していたのは「関係性を育てる」という姿勢。SNSはユーザーとの関係性を育てるための手段。だからこそ、プロボノにも運用を丸投げするのではなく、自分たちが学び、自分たちの言葉で発信し続けようとしているのだと思います。
震災からの復興を考えるとき、どうしても建物やインフラに目が向きがちです。でも、本当に時間をかけて再生していくのは、人と人との信頼関係なのかもしれません。
谷内さんの「人間の血が通った関係性の商売」という言葉は、豆腐屋という枠を超えて、これからの地域づくりや復興そのものを表しているように感じました。





