能登半島の西側に位置する石川県志賀町(しかまち)富来(とぎ)地区。その赤崎(あかさき)という小さな漁港の一画に“能登の古民家宿 TOGISO(とぎそう)”がたたずんでいます。
瓦屋根に板張りの壁。黒光りする大きな梁の下には、炭火をおこせる囲炉裏。一方でモダンな照明やアメニティ、空調や通信環境はびっくりするほど充実しています。
築90年の古民家を改装し、コロナ禍の2020年にオープン。町を襲った震度7の揺れにも耐え抜いたこの宿に2026年3月、飲食店の営業許可を取得して出張シェフに来てもらえる環境が整いました。
その古さと新しさの価値を、東京から通うオーナーの佐藤正樹(さとう・まさき)さんに語ってもらいました。
[取材・構成 関口威人]
ネットでひと目ぼれした物件、「リスクは自分で引き受ける」と購入
僕は山形県の生まれで、今は東京でIT関係の仕事をしています。20年以上も東京に暮らすなかで、やっぱり関東は平らで四季がないというか、冬は厳しいけれど海鮮がおいしいとか、夏は海を眺めて天国のように過ごせるみたいな刺激がほしいと思ってしまいました。そこで日本海側で、かつ人の手が入っていない地域の物件をネットで探していたら、2017年ごろにたまたま見つかったのがこの古民家だったんです。

当時築80年で、空き家になって30年ぐらい。目の前はすぐ海。維持管理は大変そうだけれど、逆に誰も手を出さないであろう物件。見事な柱や梁が写った写真には「買い手がいなかったら壊します」と添えられていました。僕はすごく魅力的に感じて、オーナーさんとやり取りをして内見に来たら、この建物が並んでいる環境がまたすごくよかったんです。
地域の歴史を調べてみると、1938(昭和13)年に大火事があり、集落の3分の1が燃えてしまった。ただ、当時は捕鯨などの遠洋漁業が盛んで、ものすごい財を成していた人たちが多かったから、全員で一斉に豪勢な家を建て直せたらしい。
しかも、地形は崖がすぐ裏に迫っていて、平らなところは限られる。そこに人びとが集まって、みんなが平等に海へ船を出せるように細長いウナギの寝床が並ぶような街割りになった。能登の里山って一軒一軒の間の距離が長いけれど、ここは密集しているから、歩いて回れる「ウォーカブル」な街になっている。でも観光地化されているわけではなく、ひたすら個人の暮らしの積み上げで、質素ながらもきれいな街並みが残っていた。
そんな貴重な集落が空き家だらけになり、いずれは朽ち果ててしまうかもしれない。誰かがリスクを背負って、うまく次世代につないでいかないと。僕ならできるかもしれない——そんな挑戦だと思いました。
ぶっちゃけ「タダでください」と言ったら譲ってもらえたかもしれません。解体するにもお金がかかりますから。でも、これから街を育てていくと言っているのに、自分で価値を下げてどうするんだと思い、オーナーの希望価格で買いました。補助金などは一切使わず、東京で働いて稼いだ分をここにぶっ込む。負荷がかかれば、それだけ自分もよく考えるようになる。本当に自分で強い覚悟を持ったスタートでした。

コロナ禍でオープン後に震災、修繕は「古さのわかる」大工に
最初は月に1回、東京から電車で金沢まで出てレンタカーを借り、赤崎まで行って家の片付けと掃除をしました。そうすると結構、お金も時間もかかります。そこで、本業の大阪出張に合わせて金沢まで出たり、レンタカー代も高いので金沢駅近くで駐車場を借りて車を買ったりもしました。だったら能登に住めばいいじゃないかと言われるのですが、僕には娘が2人いて、子どもの教育は東京で受けさせたいと考えてきたので、「いつでも行ける田舎」として通い続けています。
ある程度、片付けと掃除ができたあとは、こういう場所でのんびり暮らしたいという人が見つかったので、管理人として月の半分は住んでもらうことにしました。交通費も活動費も出す代わりに、家の掃除をして、神社の清掃や草刈りといった地域活動にも出てくれと。そんな活動から始めて2020年の春、2代目の管理人のときに宿を始めました。
ちょうどコロナ禍に入った時期だったので、東京からは誰も呼びようがないし、自分も行けない。いわば、どん底からのスタートでした。そしてコロナが落ち着いて、少しずつ経営を軌道に乗せてきたところで、今度は地震がありました。
地震で建物へのダメージはもちろんありましたが、奥能登に比べれば少ないほう。この辺りはもともと地盤が固く、地盤がいいところに立派な家が残っていたんだと思います。
ダメージを受けたところを、補助金を使って業者に直してもらったものの、最初はあまりにも納得できないやり方をされてしまいました。僕が現地にいないこともあり、普通に新築やリフォームでやるようにベニヤ板を張ってチャチャっと直したような、それでいてすごくお金を取られるような。やはり、この「古さの価値」をわかっている人に頼まなければいけないと、その後は自分で長野県から大工を呼んで、滞在しながら直してもらっています。

宿泊は素泊まりのみ、素朴な暮らしを長い滞在で体験を
宿としては1階が共用部で、囲炉裏の間や居間、ワークスペースなどを食事や仕事に自由に使っていただけます。2階はすべて和室の客室で、各8畳の「夕陽(ゆうひ)」と「黒瓦(くろがわら)」、6畳の「月灯(つきあかり)」の3部屋。夕陽と黒瓦をつなげて計16畳の大部屋にすることもできます。1名利用なら1泊8,800円から、2名1室なら1泊1万7,600円から。1棟貸しは1泊5万5,000円からです。
ただし素泊まりのみで、食事は各自で用意していただきます。車で10分のところにスーパーやコンビニがあり、刺身や惣菜を買ってくるのもいいでしょうけれど、夏は海で釣りをするなどして、ぜひ囲炉裏で魚を焼いて食べてください。冬は海がめちゃくちゃ荒れますが、その分ご飯がうまい。カニやフグ、甘エビやカキなどを調達して囲炉裏で焼いて、外に出ずにのんびりする時間などを体験してもらいたいです。
1日や2日の滞在であっても見える部分はもちろんあると思いますが、こういう素朴な暮らしや美しい景色は、長い目で見ていただきたいという気持ちが強くあります。便利になり過ぎた世のなかで、まだこんな暮らしができて、人生の転機みたいな時期に、ふと選んでもらえるような場所になるといいなと思っています。

蔵を改装した能登の古物店 「TOGIZO」で旅に目的
宿として客を増やすことはもちろん大事なのですが、せっかく来てくれる人に「目的」を持ってもらえる取り組みをしています。一つは「買い物」です。
宿の向かいにあった築120年の蔵から、輪島塗の漆器や九谷焼がたくさん出てきました。その一つ一つを磨き上げ、地元でボランティア活動をしているNPO団体の協力も得て、震災後に公費解体を余儀なくされた家屋から引き継いだ品々と一緒に、改装した蔵に並べました。それが2025年9月にオープンした「能登の古物店 TOGIZO(とぎぞう)」です。
職人の手で仕上げられ、代々受け継がれてきた逸品を手に取り、ただ買うだけではなく「ストーリー」を引き継いでほしい。“TOGISO”で使っている食器もぜんぶそういったものなので、そこからこの宿に滞在する価値や、能登に来る目的を見つけてもらえたらと思っています。

シェアキッチンを活用して宿泊やツアーとの連動も
もう一つは「食」。これは当初からやりたかったことで、震災前の2023年7月に水回り設備を含めて改修工事をして、飲食店の営業許可を取得できる設計にしていました。
それから半年もしないうちに地震で被災してしまったわけですが、震災後にも修繕を行い、正式に飲食店の営業許可を取得。これで「出張シェフ」を呼べるようになりました。
このシェアキッチンと宿泊を、もっと連動させたいと考えています。常設の飲食店を経営するのは立地的に難しいですが、期間限定で東京からスパイスカレー屋さんが来たり、大阪からお好み焼き屋さんが来たり、信州からそば屋さんが出店したら、宿泊者も近隣の住民も楽しめる環境になるでしょう。
すでにファンがいる飲食店なら、能登のツアーの一つとして、ここで食事を楽しんだあと、そのまま泊まれるという組み方もできる。その際に能登の食材も一部取り入れてもらい、自治体のPR予算からシェフの滞在費を支出してもらうスキームもつくれる。そんなことを見据えて、シェアキッチンの利用者やツアーの参加者を募集したいと思っています。

一緒に楽しむメンバーを募集中
こんな“TOGISO”で一緒に楽しんでくれるメンバーを募集しています。求めるのは「正直」でいてくれて、この環境を愛してくださる方なら、どなたでも歓迎です。宿としては施設の修繕や清掃、リネンのクリーニングなどの仕事があり、労働の対価として無料で宿泊してもらう「フリーアコモデーションスタッフ」も募集しています。長期での滞在をお考えなら、ぜひ気軽にご相談ください。
取材後記
取材・撮影は3月下旬、実際に宿に1泊しながら行いました。平日だったこともあり、宿泊客は私のほかに関東から一人旅で来たという若い会社員の男性のみ。たまたまネットで検索して、面白そうな宿だと思って予約したそうです。
夜、その男性と居間で地酒を味わい、つまみを食べながらしばし歓談。ほろ酔い気分で外に出て夜空を見上げると、満天の星でまた感動でした。
翌朝、男性は「囲炉裏の火を見たい」と言って炭火をおこし、本を読みながらコーヒーを飲んでいました。次は自分も、仕事を忘れてここでゆったりしてみようと誓いました。





