2024年1月1日に発生した能登半島地震は、石川県中能登町(なかのとまち)にも深い傷跡を残しました。そんな中能登町で今、「浄酎(じょうちゅう)」という新しい和酒が注目を集めています。
2024年10月に設立されたNOTO Naorai(のとなおらい)株式会社が、中能登町の老舗酒蔵・鳥屋酒造(とりやしゅぞう)の敷地内に浄溜所を開設し、第三の和酒と称される「浄酎」を生み出しています。この“NOTO Naorai”の取り組みは、北國銀行系の「のとBeyond復興ファンド」によるインパクト投資第一号案件としても注目されており、クラウドファンディングを通じて多くの人からの支援も集まりました。
今回の取材では、広島のナオライ株式会社の創業者であり、広島に続き全国で2例目となる「浄酎」の浄溜所を開業した三宅紘一郎(みやけ・こういちろう)社長に、なぜ能登なのか、そして低温浄溜という技術がもたらす可能性や、今後目指す未来についてうかがい、スタッフの田中聡一郎(たなか・そういちろう)さん、菅井慎吾(すがい・しんご)さん、辻屋舞子(つじや・まいこ)さんにもお話を聞きました。
[取材・構成 坂下有紀]
「酒蔵を守りたい」から生まれた挑戦
“NOTO Naorai”の代表で、第三の和酒「浄酎」をつくる株式会社ナオライを広島県で立ち上げ、全国への展開を目指している三宅紘一郎です。中能登町で2025年に開設した“NOTO Naorai”の能登浄溜所は、広島県以外では全国初となる浄酎の浄溜所です。

私は広島県呉市の生まれで、親戚に酒蔵関係者が多く、幼いころから日本酒の香りに包まれて育ちました。学生時代には中国・上海に留学し、現地で日本酒の普及に携わるなかで、この業界の抱える大きな課題に直面しました。日本酒の在庫問題と酒蔵の減少です。
40年前に日本全国で4,000以上あった酒蔵は2025年には1,117社に減少し、後継者不足や経営難に苦しむ蔵が存在します。既存の酒造りにこだわるだけでは、日本の国酒である日本酒、それを造り出す酒蔵を守り抜くことはできないと痛感しました。
日本へ戻った私は、広島の小さな農家で無農薬レモンの加工に従事し、レモンを低温で蒸留する実験をしていました。従来の高温蒸留では香りが飛んでしまいますが、極低温で蒸留するとレモンの芳香がそのまま残ります。これを横展開すれば、日本酒の香りと旨みを損なわずに蒸留酒ができるのではないかと閃いたのです。
こうして発案したのが、Naorai独自の特許技術「低温浄溜®(ていおんじょうりゅう)」です。40度以下の低温でアルコール分を抽出することで、日本酒由来の豊かな香りと甘美な味わいを凝縮しながら、アルコール度数を高めることに成功しました。

「浄酎」と「UMAMINO」──二つの恵み
日本酒を低温浄溜すると、得られるのはアルコール分だけではありません。浄溜後には元の日本酒の約半分の液体が残り、そこには米と麹の発酵から生まれた栄養やアミノ酸がたっぷりと含まれています。
私たちはこれを捨てずに発酵うま味調味料「UMAMINO(うまみの)」として商品化しました。つまり、一つの日本酒を低温浄溜して「浄酎」と「UMAMINO」という二つの恵みを生み出し、それぞれを活用するのです。

浄酎は41%前後のアルコール度数を持ちながらも、丸みのある飲み口で、長期熟成によってさらに深みが増すスピリッツ(蒸留酒)です。
UMAMINOは日本酒由来のアミノ酸などの旨み成分に加え、塩や昆布などを加えて味を調整し、独自の発酵うま味調味料に仕上げています。上品な香りと口当たりで、食材本来の味わいを驚くほど引き立てます。広島では広島の、能登では能登の塩やシイタケなどを使って、より地域の特色ある商品に仕上げていきます。

この浄酎とUMAMINOの二本柱を、酒蔵にとっての新しい収益源にしたい。これまで酒蔵では売れ残りの日本酒を廃棄せざるを得ないケースもありました。しかし、余った酒を浄酎に転換できれば、酒蔵の在庫問題を解決し、売上と付加価値を高めることができます。私たちが目指すのは、全国の酒蔵と連携し、造れば造るほど地域が再生する「浄酎モデル」です。
ナオライは2015年に広島県呉市の離島・三角島(みかどじま)で創業。2019年に広島県神石高原(じんせきこうげん)町で神石浄溜所、2025年に石川県中能登町でNOTO Naorai 能登浄溜所を開設しました。
能登とのご縁と決断
なぜ本拠地・広島県から飛び出して「浄酎」の全国展開を始める第一歩が能登だったのか。正直に言えば、当初から能登で事業をする計画があったわけではありません。2024年の春、金沢市香林坊で開催された地域活性化イベントに招かれ、私たちの事業について発表したことがきっかけでした。
そこで「のとBeyond復興ファンド」の濱村晃司(はまむら・こうじ)さんと出会い、「能登で新しい産業を一緒に作りませんか」と声をかけてもらったのです。
それから私は能登を訪れ、日本酒文化が息づくこの土地に強く惹かれました。能登杜氏(のととうじ)の技、祭りの精神、そして「天日陰比咩(あめひかげひめ)神社」の禰宜・船木清崇(ふなき・きよたか)さんが語る「直会(なおらい)」の世界観、神事ののちに神と人が共に食事をするという古来の慣わしに心を動かされました。

私たちの社名のナオライは、まさにこの直会に由来しています。船木さんは「直会までが神事であり、それが忘れ去られつつある」と話してくださり、私たちが社名に掲げる「ナオライ」も神様からの啓示のように感じました。能登の酒蔵や神社と手を携え、酒・祈り・食の循環をつくることこそ、この土地で浄溜所を開く必然だと確信した瞬間でした。
能登浄溜所の計画は急ピッチで進みました。のとBeyond復興ファンドはインパクト投資の形を採り、私たちを第一号案件として採択してくれました。たくさんのご支援をいただき、中能登町の鳥屋酒造さんの敷地内で倉庫を改装して浄溜所を建設しました。
鳥屋酒造の杜氏・川井大樹(かわい・ひろき)さんに「浄酎」を低温浄留するための純米生酒「池月(いけづき)」を8,000リットル製造してもらい、2025年4月に能登浄溜所を稼働させ、6月に酒類製造免許を取得して、初の能登産浄酎を仕込むことができました。

▶シロシル能登 中能登で「能登のために」お酒をつくり続ける”鳥屋酒造”の冒険
「競合」ではなく「共生」──酒蔵との新しい関係
私たちが狙っているマーケットは日本酒市場ではなく、世界の蒸留酒市場です。私たちは既存の日本酒メーカーと競合したいわけではなく、むしろ日本各地で造られている地域の銘酒の魅力を世界へ届けるために、浄酎という新しい形を提案しています。
日本酒は温度や紫外線の影響を受けやすく、保存管理が難しい酒類です。日本酒を低温浄留した浄酎は、長期の常温保存・樽熟成が可能になり、輸送・輸出もしやすくなるため、ウイスキーやジンと同じ土俵で勝負できます。私たちは国内外の蒸留酒好きにアプローチし、浄酎が売れることで酒蔵に利益を還元できる、新たなモデルを作りたいと考えています。

実際に金沢に本社を構える企業が、浄酎を熟成させる樽のオーナーとして参加してくださり、企業単位で200リットルの樽を購入して浄酎の熟成を楽しむ取り組みも始まっています。

能登浄溜所のスタッフは全員、中能登町に移住したメンバーで構成されています。私たちは拠点ごとに地元の人材を育て、20年、30年と深く根を下ろすことを目指しています。将来的には鳥屋酒造さん以外の石川県の酒蔵さんとも協働する可能性もありますし、日本全国、さらには世界中の都市に浄溜所を広げたいと考えています。

現在、ロサンゼルスやバスク地方など、国内外への展開が進行中です。これは地元の酒蔵を守りつつ、能登と世界をつなぐ架け橋になりたいという強い願いからです。
直会ガストロノミー──酒・祈り・食を結ぶ旅
能登での挑戦は浄酎の製造だけにとどまりません。私たちは「中能登 浄溜ガストロノミー」という1泊2日の体験プログラムを企画しました。
参加者はまず鳥屋酒造さんと“NOTO Naorai”の見学を行い、能登浄溜所で低温浄溜の瞬間を目の当たりにし、徒歩数分の場所にある熟成庫のテイスティングルームで浄酎を楽しんでいただきます。
その後、能登前寿司の名店・千代ずしで能登の魚介と浄酎をペアリングして味わい、夕暮れからは「どぶろく」造りで知られる、能登二宮の天日陰比咩神社で新月・満月の夜に開催される新月祭や満月祭に参加します。
満月と新月の日、夜8時から神事が執り行われ、境内の灯りを消し、キャンドルの灯りが揺らぐ幻想的な雰囲気のなかでお祓い、玉串拝礼を行います。その後の直会では、私たち“NOTO Nairai”の浄酎を召し上がっていただき神事が完結します。
この神事にご参加いただきたいので、私たちが企画したツアーは新月と満月の日にあわせて開催します。境内では楽器の演奏などもあり、夜の神秘的でゆったりとした雰囲気を感じることができます。その後はスタッフの辻屋舞子(つじや・まいこ)さんが営む農家民宿「喜屋(よろこびや)」で宿泊し、自然農法の野菜などを使った手作りの朝食を味わっていただきます。
さらに、新月祭・満月祭の日に限らず体験できるガストロノミー企画として、ゲストハウスのキッチンで地元食材を料理し、浄酎の新しいペアリングを探求する「美食倶楽部」というプログラムもスタートしました。祈りと発酵文化、自然の恵みを五感で感じる旅を提供していきたいと思っています。
元立上げスタッフ 田中聡一郎さん
“NOTO Naorai”では、営業や酒税関係、販売、生産など幅広く担当している田中です。私は関西の大学で農学部応用生命化学科を卒業後、石川県内の大学院に進学し、休学中の2021年に能登の豊かな自然と食に惹かれ、中能登町へ移住しました。特に、温泉や湧水、美味しい魚に心と身体を動かされました。
2025年2月にナオライの能登浄溜所が中能登町に開設されることを知り、広島に続く第二の拠点として酒蔵の再生に取り組めること、そして能登の復興にも微力ながら貢献できるのではないかと思い、入社を決意しました。
能登浄溜所で初めて製造した浄酎は、2025年に鳥屋酒造さんで弊社用に醸造していただいた純米酒をもとにつくられました。吟醸香をまとった美味しい浄酎に仕上がっています。
現在は、地元の中能登町にある商業施設や道の駅、能登空港の売店、石川県内の酒販店などでのお取り扱いも増えています。お店で見かけたらぜひ手に取っていただき、一人でも多くの方に味わっていただけたら嬉しいです。

菅井慎吾さん
浄酎の製造と商品開発などを担当している菅井です。北海道出身で大学進学を機に金沢へ、そして就職を機に2021年から中能登町に移住しました。この町で知り合った人たちや山と田んぼに囲まれた風景に魅了され、中能登町が自分の第二の故郷と感じ始めたころ、地域に根差したお酒造りを目指すナオライを知り、三宅さんのビジョンに共感して“NOTO Naorai”へ入社しました。

“NOTO Naorai”の浄酎は、鳥屋酒造さんで造られた日本酒を原料にしてつくられます。特許技術の低温浄留でできた浄酎は、日本酒由来の華やかでフルーティーな香りに対して、キリッとした味わいの中にも優しさが感じられ、まるで中能登町の豊かな風土と、春夏秋冬の優しさと厳しさを感じるお酒になっています。
酒税法上、浄酎はスピリッツ(蒸留酒)に分類されますが、日本酒でも焼酎でもない第三の和酒だと思っています。広島でつくられた浄酎と能登でつくられた浄酎は、それぞれの原料となっている地酒、その背景にある気候と風土が感じられるお酒になっています。

日本酒を低温浄留すると、その半分がアルコールに、残りが旨み成分を凝縮した液体として残ります。この残渣を発酵うま味調味料「UMAMINO」として活用することも進めています。自社での研究開発に加え、お取り引き先さまからもご意見をいただきながら、ブラッシュアップしています。
浄酎やUMAMINOは使用する日本酒の違いによって、味わいや香りに違いが生まれます。そして、浄酎は樽熟成させることで風味を加えることができ、UMAMINOは調合によって活用の幅も広がります。可能性がたくさん詰まった仕事に出会えたと思っています。
辻屋舞子さん
私は埼玉県の出身で、2018年に子どもたちの父親の出身地である中能登町に移住しました。地域おこし協力隊として、古民家再生や移住定住・子育て支援等に取り組んだことをきっかけに、2020年10月に築70年の民家を活用した農家民宿「喜屋」を開業しました。

能登で宿を経営しながら暮らすなかで、ナオライの三宅さんと天日陰比咩神社がご縁で出会いました。お酒が好きということもありますが、三宅さんの「日本の酒蔵・日本酒を守りたい」という強い想いに心を打たれ、常に地域ファーストで考え、地域と一緒に新しいものをつくり上げていく姿勢に惹かれました。私も移住者なので、その一部でも参加できることが喜びです。

また、“NOTO Naorai”の能登浄溜所、鳥屋酒造、天日陰比咩神社の満月祭・新月祭、能登前寿しの千代ずし。そして私が営む喜屋や、これからコミュニティの場として「熟成室」の可能性など、地域のあらゆる運命的な出会いから、中能登浄溜ガストロノミーツアーの企画ができました。これは、満月と新月の日のみに行われる満月祭・新月祭に参加し、能登の食や地域、能登浄酎を存分に味わう特別なツアーです。

また、「食の都」と呼ばれるスペイン・バスク地方の聖地、サン・セバスティアンにある会員制美食倶楽部「ソシエダ・ガストロノミカ」で、地元の人々が自ら厨房に立ち、わいわいと料理と酒を愉しむ自由な精神や哲学に、日本古来の「同じ釜の飯を食う」という文化を重ねた「NOTO Naorai 美食倶楽部」も現在構想中です。
1日1組のアットホームな空間で、仲間と共にキッチンを囲み、料理や味覚への探求を楽しんでいただきます。食材には、朝どれの鮮魚や能登牛、みずみずしい地場野菜。世界農業遺産・能登半島が育む「コシヒカリ」や、そして米の味わいが凝縮された「どぶろく」など、中能登ならではの旬素材を調達し、手作りのお料理に「能登牛には樽熟成浄酎をロックで」「能登の塩でソルティドッグに」など、浄酎をさまざまな飲み方でペアリングしていただくのも楽しい時間になると思います。

関わりシロ──能登浄酎に参加できる
“NOTO Naorai”では、スタッフが一丸となって挑戦しています。その挑戦、プロジェクトに関わる方法はいくつもあります。ぜひ応援してください。
1. 浄酎を味わう
浄酎は300mlや700mlボトル、桐箱入りなど数種のラインナップがあり、ナオライ公式オンラインショップでも購入できます。能登・石川県を訪れた際は、「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港(能登空港)」や道の駅などでも購入でき、能登や金沢で取り扱うホテルや酒販店も拡大しています。
2. 樽オーナーになる
“NOTO Naorai”では、個人や企業が200リットルの樽を購入し、名前入りのオーナー証明書を受け取るオーナー制度を実施しています。樽詰された浄酎は能登浄溜所で熟成され、完成後に自分だけの浄酎を楽しめます。近い将来、小容量の樽プランも予定されています。
3. 発酵うま味調味料「UMAMINO」を料理に取り入れる
低温浄溜した後に残った旨みを無駄なく活用した発酵うま味調味料「UMAMINO」は、能登の塩や昆布の旨みと調和し、料理の味を深めます。サステナブルな食文化を体験できるアイテムです。
4. 体験ツアーに参加する
新月・満月の夜に合わせて中能登町で開催される特別な食体験「中能登 浄溜ガストロノミー」は、低温浄溜で生み出される新しい和酒「浄酎」と、中能登の豊かな自然・発酵文化が融合した、地域と自然に深く向き合うことができるプログラムです。酒造りや祈りの体験、地元料理とのペアリングを通して浄酎の世界観を味わえます。
5. 出資で応援する
「のとBeyond復興ファンド」への出資での支援は、設備投資や地域に開かれた拠点づくりに活用されます。浄酎の未来を応援したい人はぜひ参加してください。
取材後記
筆者は酒蔵で8年余り働いた経験があり、唎酒師としても日本酒に関わってきました。そんな私が“NOTO Naorai”を知るきっかけになったのは、鳥屋酒造が事業承継先を探しているという記事でした。「池月」や「一青(ひとと)」といった多くの人に愛される酒を造る酒蔵が、なぜ──。そう驚いたことを今でも覚えています。
後継者不足や経営環境の変化などを背景に、全国各地で酒蔵の廃業が続いています。日本酒業界に身を置いていたからこそ、その現実を少なからず見てきました。
だからこそ今回の取材では、「酒蔵を守るために新しい市場をつくる」というナオライのビジョンに強く惹かれました。日本酒と競合するのではなく、低温浄溜という技術で新たな価値を生み出し、酒蔵に利益を還元していく。その発想は、業界が抱える課題に対する一つの挑戦だと感じています。
さらに、全国で2県めとなる“NOTO Naorai”の浄溜所が能登に設けられ、「のとBeyond復興ファンド」のインパクト投資第1号案件としてスタートしたことにも大きな意味を感じました。復興とは元に戻すことではなく、新しい産業や仕事を生み出すことでもある。その可能性を、このプロジェクトは示しているように思います。
取材後も何か応援できないかと思い、いくつかの酒販店や企業へ同行訪問し“NOTO Naorai”をご紹介する機会もありました。美しいボトルデザインや、一本一本に込められたストーリーも大きな魅力です。能登から生まれた新しい和酒が、多くの人に愛され、日本各地の酒蔵や地域をつなぐ存在へと育っていくことを楽しみにしています。





